第35回 目指せ!皇居ラン(準備編)


 

 

 

「皇居ラン」

この言葉には、なんだか〝もんのすごいリア充〟な匂いが漂っている。

「昨日、皇居走ってきたんだけどー、すっごい人がいっぱいでー」そんなことをサラッと言うやつは何となく鼻につく。はいはい、東京オサレ生活自慢ねーと。

そんなあたしが、まさか皇居ランデビューするとは……。

 

 

東京はいまランニングブームである。

街を歩いているとサングラスを付けた寡黙なランナーに高確率で出会うし、東京マラソンなんて参加費一万円とられた上に街中を走るだけのイベントなのに、希望者殺到ですごい倍率らしい。

 

まあ、そんな健康趣向なブームとは、縁遠い生活をおくっていたあたし。

高尾山登山(第7~9回 東京登山部。を参照)の時にも書いたが、あたしの運動不足は相変わらずで、毎日の運動なんて、駅の階段を走って上がって駆け込み乗車するくらい。その上デスクワークが多いせいで腰痛に悩まされ、不健康街道まっしぐらである。

 

これじゃいかんよな…。

運動、しなきゃなぁ。

そんなことを頭の片隅に置きながらやってきた、2013年1月1日。元旦。

日本中の人たちが何か決意をしたり抱負を述べたりするこの日。そう、この日ならではの勢いで、一つ宣言をしてみた。

 

「今年は皇居ラン・デビューするーーー!」

 

ははは、皇居ランするやつなんて鼻につくと思っていたけど、結局のところ憧れておったのですよ、あたしも。

だって、なんか、カッコいいやないか皇居ラン。

リア充っぽいやないか、皇居ラン。

大阪の友達に、「あたし最近、皇居走っててさー」とか言ってみたいやないか!

 

 

ということで、さっそく皇居ランについて調べてみた。

皇居は一周5キロくらいあるらしく、東京のランナーたちの聖地のようだ。颯爽と走るベテランランナーたちの横で、デトデト靴を鳴らして走ってゼイゼイハアハア、バテバテでギブアップ…だなんて恰好がつかない。まずは皇居でデビューするためのトレーニングが必要だろう。

 

「近所、走るか……」

 

そんなあたしのボヤキを聞いていたのが、バイト先の同僚であり趣味はワンコとランニングというKさんである。Kさんがあたしにアドバイスをくれた。「初心者は距離やスピードよりも、時間だね!最初は10分、15分でいいから、ゆっくりと走ることから始めたら?」

 

 

ということで、その翌日の土曜、朝8時。

休みの日なのに鳴り響くアラーム音に心地よい睡眠を邪魔されて、早くも心が折れそうだったけど、この上ないランニング日和な晴天であったことと、週明けKさんに「ちゃんと走った?」と問い詰められることを考えて、渋々布団から脱出。

 

寝ぼけ眼で、ランニングするための運動着をタンスから出し……そこで、ばっちり目が覚めた。

……運動着なんて、ない!

そうそう自主的にスポーツなんてちっともしてこなかったあたしは、ジャージみたいな都合のいい物を持っていない。ちなみにこの日は真冬の1月だから、Tシャツ、短パンなんかで走るわけにはいかない。

結局、衣装ダンスの奥の方に眠っていた、黒のパーカーと、短パン(どれもスポーツ用ではない)を引っ張り出した。そして防寒用にタイツを装着し、首にタオルを巻いた。

もちろんランニングシューズなんて特化したものは持っていない。高尾山登山の時に買った、なんてことのない黒のナイキの運動靴を履いた。

 

Kさんのアドバイスに従い、ゆっくりと走ることを心がけ、家の前を出発した。

うん、なかなか順調な滑り出し。

雲一つない晴天。冬の空気は乾燥しているけど、冷たくて気持ちいい!

なーんだ、ランニングって結構いいもんじゃないか!

 

一戸建てが並ぶ閑静なエリアはどことなく地元大阪の風景に似ていて、あたしは走りながら小学生の頃のマラソン大会を思い出した。

学校近辺の公園や住宅エリアをぐるっと周るマラソンコース。マラソン前にあたしは、小学生にありがちな根も葉もない噂「ヒッヒッフーと呼吸すると息が苦しくないらしい」というのを小耳にはさみ、「妊婦もやるんだから一理ある」と信じてラマーズ法でマラソンを完走した。順位はまあまあだった。

せっかく思い出したので当時の呼吸法で走ってみた。

 

ヒッヒッフー、

ヒッヒッフー

お、楽かもしんない。

と思ったのは最初の三十秒だけだった。冷静に考えればそんなに楽ではないし、むしろ酸素過多でいつか倒れてしまいそうだ。小学生のあたしよ、よくこれで完走したものだ。すぐに普通の呼吸に変えた。あたしも大人になったのだ。

 

 

ちなみに今日はトレーニング初日と言うことで、コースは短めに設定した。マンションの前から東高円寺の駅に向かって南下し、蚕糸の森公園に着いたら折り返し戻って来よう、というコース。いったい何分かかるのか分かっていなかったのだが、気持ちよく走っていたおかげか、10分少々で蚕糸の森公園についた。

 

初めて訪れる錦糸公園は、背の高い木々が植わっていたり園の中心に川が流れていたりと、なかなかいい公園だ。広場で行われている太極拳やコントの練習を横目で見つつ、お散歩中のワンちゃんに絡まれないように注意しながら公園を走った。

 

公園の中や周辺はランナーが多い。若い学生さんから中年のおじさんまで、年齢性別はさまざまだけど、みんな「毎日走ってる」って感じ。軽やかな足取りでペースを保っている人もいれば、ものすごいスピードでストイックに走りこんでいる人もいる。そんなランナーたちと自分を比べて、なんだか恥ずかしくなった。

みんな、見るからにランナーなのだ。

……なにがって、走りっぷりよりアレだ、

服だ、服!

カラフルな色のウィンドブレーカー、マラソン選手が履いてるようなショートパンツ、サポーター機能付きであろうスパッツ。キャップ。サングラス。

コーディネートがザ・ランナーっていった感じ。

こちとら、中学生のころから愛用している黒のパーカーに、寝るときに履いてる短パンだ。

 

 

そこで知った、ランニングはシンプルでお金のかからないスポーツだと思っていたがそんなことはなかった。オサレなウエアを買わにゃできんスポーツだ!

皇居なんて、庶民の公園と違ってランナーの聖地だ。アディダスだったりナイキだったりの店のマネキンが着ているような最新モデルがゴロゴロいるのだろう。

 

白い目で見られないために、ウエアを買いにいかねば……。

皇居への道のりは……遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

目指せ!皇居ラン(準備編)

第34回 「どぜう」を食べに浅草へ


 

 

「ドジョウって、どぜうって書くんだよ、ど、ぜ、う。知ってる?」
なぜかこのセリフを、東京人は言いたがる。どぜう鍋、それは東京でしか食べれない食べ物。らしい。
そしてそのあと、必ずこう続ける。
「まぁ、そんなに美味しいもんじゃぁないけどね」
なんか、お勧めしてんのか、警告してのかよくわからない。

東京の数少ない郷土料理である「どぜう」、もちろん食べたことも見たこともない。
まぁ、美味しいもんではないのならわざわざ食べに行くこともないかな、と思っていたら、東京名物もんじゃ焼きに連れてってくれたSさんが(第25回 「初めてのもんじゃ焼き」を参照)、東京名物第二弾ということで、どぜうに連れて行ってくれると言いだした。
東京人のSさんは子供の頃にどぜうを食べたことが一度あるらしい。そしてやはりこれを言う。
「ま、そんなに美味しいもんじゃないよ」
「……うん、わかった」

平日の夜、浅草に集合することになった。むこうは仕事が忙しいらしく、8時半という割と遅めの時間に集合することに。
時間を持て余したあたしは、せっかくだから浅草をぶらりすることにした。
隅田川に架かる吾妻橋、大きな雷門、賑やかな仲見世……ノスタルジックな街並みを歩きながら、あたしは学生時代を思い出した。
実は、浅草は中学校の修学旅行で来たことがある。

東京方面の旅行で、一日目は班ごとに分かれて、自由に東京散策ということになっていた。
お洒落な子たちは原宿に、観光感を味わいたい子たちは東京タワーへと、各班散っていく。うちの班は「お台場ジョイポリス」→「浅草花やしき」と新旧二大テーマパーク巡りをすることになっていた。みんなに楽しんでもらおうと、あたしが企画・発案したのだ。

しかし、
あたしの班の構成員たちは今で言う草食系女子達ばかり。〝ぽわぽわ〟した彼女たちは、絶叫マシン…なんかとは無縁の人生を歩んできたらしく、ジョイポリスのごちゃごちゃした雰囲気にただ圧倒され(もちろんアトラクションには一つも乗らなかった)、花やしきのオンボロ遊具ですら「こういう無理やわぁ」と敬遠した。「せっかくの修学旅行やし楽しもうや!」と誘っても、とにかく遠慮しまくり。

そんな草食系女子たちが俄然として喜びだしたのが、雷門、仲見世、浅草寺だった。
雷門前で何かに憑かれたかのように何枚も写真を撮りだす彼女たち。「美味しそう!」と人形焼を食べ、「家族へのお土産に」とお煎餅を買い、「受験用に」とお守りを買い込み大喜び。固く閉ざされていた財布がカパカパと開きだした。
そんな様子を見ながらあたしは、彼女たちを絶叫マシンに乗せようとしたことを深く反省し、旅のプランナーとしてのむずかしさを痛感した。
浅草――そこには草食女子たちが興奮する何かがあるのだ。

そんなことを考えながら、浅草を一人歩いた。
夜の浅草寺はライトアップされて、なんかちょっと大人の雰囲気だ。視線を上げると、あの頃なかったスカイツリーが妖艶に光り輝いているのが見える。
――遠い旅行地だと思っていたこの場所、まさか仕事帰りにふらっと来れるようになったなんて……そんなことをしみじみと考えながら、浅草寺の周りを散歩した。

それでも時間を持て余してしまったあたしは、隅田川の近くのカフェで、本を読みつつ時間を潰していた。もうすぐ、約束の20時半……。いい加減、お腹がすいた。空腹で読書に集中できなくなってきたその時、私の携帯にメールが入った。Sさんからだ。
「ごめん、20分、遅れます」

……うぅぅ、マジですか。
もう一杯コーヒーを頼もうか迷っていると、またあたしの携帯にメールが届いた。

「ラストオーダーが21時なので、先に店に行って注文しといてくれない?」

……は、はい?
添付されているお店の情報を見て地図アプリを立ち上げる。
結構遠いやないかい。
ラストオーダーの21時まであと20分ほど。ここから迷わずいけば15分くらいか。
ギリギリやん?
あたしは急いで身支度を整えカフェを出た。そして、ヒールの靴で走った。
カツカツ、カツカツ、
走りながらアイフォンを取り出し、浅草に他のどぜう店が無いのかをを調べる。もう少し遅くまでやっているお店があれば、そっちに行けばいい……しかし、どぜうのお店は浅草に2件しかない!?しかも、両店共に閉店が早い!
浅草の名物料理なのに、たったの二件?ありえない!餃子の街・宇都宮なんて駅を出たら「餃子」「餃子」「餃子」で、餃子の押し売りが甚だしかったのにぃ!
怒りを発散させるようにさらに速度を上げ、ヒールの靴を鳴らしながら浅草の街を走った。
カッカッ、カッカッ、
草食女子達が興奮していた仲見世を横切り、レトロすぎる遊園地「花やしき」の前をダッシュで通り過ぎる。思い出の地を、全力で走ることになるとは……。

20時50分、目的のお店「どぜう飯田屋」に到着した。
ラストオーダーの10分前……ギリギリセーフ……?
ハァハァ……息を整えながらお店に近付くが……なんか嫌な予感。店の看板の明かりが消えている。
恐る恐る引き戸を開け店内に入ると、閉店の準備をしている中年女性の店員さんが、あらまぁという顔でこちらを見た。「すみません、もう終わっちゃいましたー」

やはり、そうですか……。

怒り……よりも疲労感が勝った。
なんだか全身が重い……。
入店できなかったことをSさんに電話し、結局その日は「電気ブラン」で有名な「神谷バー」に集合することになった。来た道をとぼとぼと引き返す。……なんだかなぁ。
(ちなみに「神谷バー」は江戸っ子のおじさんたちが陽気に酔っぱらってて、面白い雰囲気のお店でした。電気ブランは、かなり度数の強いお酒で一緒に注文したビールが水のように感ました)

「こないだはゴメン」と謝るSさんと共に、どぜうリベンジをすることになった。
今度は早めに集合したので「どぜう飯田屋」に入店することができた。
さっそく東京名物の、どぜう鍋、柳川鍋(どぜう鍋を卵でとじたやつ)、どぜうの唐揚げなどを注文する。

前回、苦労の末に食べれなかった「どぜう鍋」。
待ちに待った「どぜう鍋」。
期待は最高潮に。「お待たせしましたー」と運ばれてきたお鍋を覗いた。

……え、

なんか気持ち悪い。

小さな鍋いっぱいに敷き詰められた、ぬるっと光った胴長の生き物……。こ、これがドジョウ……。
甘辛い匂いの割下は食欲を誘ってくれるのだが、見た目がグロくて直視できない……。ぴょんと出ているドジョウの手(ひれ)。うっ……。
やばい、コレ食べんのか?ドジョウさんが見えないように白ネギをたっぷり上に乗せ隠す。

ぐつぐつと煮えたぎるドジョウさん……。そろそろ食べごろなのだろう。
Sさんが先に食べ、安全なのを見届けてから、あたしも挑戦することにした。
あんまり観察すると食べれなくなるので、素早く箸を動かし口に運ぶ。

…………。

あたしは勘違いしていたようだ。
ドジョウってやつは、なんとなくのイメージで、うなぎ、アナゴと似たようなものだと思っていた。
違った。
全然違った。
この味は……うなぎでもアナゴでも魚でもない……強いて表現するならどろの味……か。
その後、あたしたちのテーブルには、柳川鍋や、どぜうの唐揚げやらが運ばれてきたが、一向にテンションは上がらなかった。黙々と端だけを動かす。

「なんか、そんなに美味しいものじゃないね」

そう言ってから、ハッとした。結局あたし、みんなと同じ感想を言っている。
この夜、一番おいしかったのは、最後にシメで頂いたうなぎのお茶漬けだった。

ドジョウは栄養価が高いらしいが、一度経験したら、まぁいいかなと言った感じ。リピートはしないだろう。
ああそうか、どぜう鍋屋さんが浅草に二件しかない理由はそうなのか。
たぶん二件くらいがちょうどいいんだろうなぁ。

第33回 代官山のツタヤはすごい


 

全国どこにでもある本屋&レンタルショップ。

青字に黄文字の看板と言えば……そうお馴染みの〝TSUTAYA〟

シャム双生児のように顔が並んだシンボルマークは、よく見ると相当怖いのだけれど、本&映画&音楽好きの人にとってはなくてはならないエンタメスポットである。

 

 

「代官山のツタヤは、そんじょそこらのツタヤとは違う」

 

と誰かが言っていた。

いやいや、違うっつってもツタヤは所詮ツタヤでしょ……と舐めてかかっていたのだが、近くまで来たついでに寄ってみたそこは、確かにそんじょそこらのツタヤとは全然違って、ちょっと感動だった。

かなり気に入ったあたしは、先日また、休みの午後のぽっかり空いた時間を使って行ってきた。

 

 

さて出掛ける前に……。

恒例となりつつある、〝服選び〟だ。

過去、青山系ファッション、巣鴨系ファッションに散々迷ったあたし。今度は代官山にふさわしい服を選ぶべくクローゼットを開けた。街行く人たちはみんなどんな格好をしてたっけ……と何度か行ったことのある代官山を思い出す。

 

代官山の人たちは……そう、カジュアルな服を着ている人が多い(それも高級な方の)。

帽子、シャツ、セーター、……そんなイメージ(ただし高級な方の)。

髪の毛は、ツヤツヤのストレートの人が多い(これ偏見)。

あと……そうそう、前回訪問した時にビックリしたことがある。

それは〝生足〟ガールの多さ。

11月の寒い日だったのであたしは防寒バッチリに黒タイツを履いていったのだけど、代官山女子たちのショートパンツやスカートから伸びるおみ足は……生足だった!

そう言えばピーコさんが言っていたっけ、「お洒落は我慢」だと。うん、じゃあ、あたしも頑張るか……と、衣装ケースからショートパンツを取り出し、タイツを履かずに足を通す。

 

 

……。

 

 

寒っ。

 

 

無理。普通に無理。

 

 

2月の生足、それは自殺行為。部屋の中でも堪えられないのに、外に出るなんてありえない。だいいち、真冬に生足とか……見た目がアホ?

寒々し過ぎて、周りの方々のご迷惑になる。

こないだ見た生足ガールたちはベージュのタイツを履いていたんだ、そう自分に言い聞かせ、100デニールの黒タイツを履き、代官山へ向かった。

 

 

代官山は、なんか雰囲気が代官山だ。

他の街にはない、独特の空気や色合いがある。

どこが他の街と違うのか、そんなことを気にしながら歩いてみて分かったことは、代官山のショップの8割はコンクリートの打ちっぱなしで、全面ガラス張りだということ。

三方向がガラス張りの壁になってたりして、とにかく丸見え。壁や柱がないのだけど、構造上大丈夫なんだろうか?こないだのロシアみたいに隕石が落ちて着たら、えらいこっちゃ、衝撃波でガラスが木端微塵、代官山の被害は相当だろう。

 

そんなありもしない想像をしながらショップを覗き、すれ違う代官山女子達の脚元がタイツであることに安堵しつつ、テクテク歩いていると目的地である代官山ツタヤに到着した。

 

 

やっぱりここは、そんじょそこらのツタヤとは違うくて、すごい。

御存じの無い方に説明すると……代官山ツタヤは、Tサイトという大きな公園のような商業施設の中にある。

このTサイトという施設自体が楽しい!大きな木が植えられてて、お散歩してるだけで気持ちいい。点在するお洒落なお店(もちろんガラス張り)はレストランだったり自転車屋さんだったり文房具店だったり。ドッグラン付きのペットショップでは犬の美容院も併設されていて、チリチリの毛のワンちゃんたちが、トリマーたちにチョキチョキされているのをガラス越しで見ることができる。さすが代官山というべきか、ワンちゃんたちはみんな大人しくて、品がいい!

 

さてそんな素敵な施設の中にあるツタヤ。それはもう洗練されまくっている。

巨大なBOOKコーナー、レンタル映画コーナー、音楽コーナー、あと高級文具コーナー。

とにかく店内はお洒落で広い。

本が間接照明に照らされてるし、そこらじゅうに本を読むためのお洒落な椅子が置いてあるし(未購入の本も読んでいいらしい)、一階にスタバがあって、みんなコーヒーを片手に本選びを楽しんだり、音楽を視聴したりしている。Macを持ち込み仕事している人もいれば、参考書を広げ勉強中の学生さん、あと、こんなところで堂々と英会話のレッスンをしている日本人と外人の2人組もいた。

 

 

ここの本屋は、お洒落な本しか置いていない。パッと表紙を見て、カワイイ!面白そう!と手に取ってしまう本ばっかりだ。だからつい長居をしてしまう。

そんな中に……はたして……あるのだろうか、

……あたしの本。

一応、小説を書いている身なので、自分が書いた本が置いてあるのかは気になるところ。広い店内を探す、探す、探す……。

 

……うん、なかった。

 

まずもって、文庫のコーナーが棚二枚分しかない。本棚を占領しているのは日本の文豪・夏目漱石や森鴎外、あとは人気作家の宮部みゆき先生や東野圭吾先生の本。ま、ここに並ぶのはおこがましいわなぁ。

 

店内はそれぞれコーナーごとにフェアがされてて、こないだ来たときはやたらキノコ押しだったのを覚えている。キノコ図鑑、キノコのイラスト集。その横には何故かものすごく可愛い表紙のフェアリー(妖精)図鑑。……なんだか分かるような分からなようなくくりで、その台は盛り付けられていた。

今回はGWに向けた旅行のフェアや、鉄道コーナー本を集めたコーナーが大展開。

本を眺めつつ、もうすぐ春なのだな、とウキウキする。

 

そんな中、見についたのはパンケーキのコーナー。

東京はいま空前のパンケーキブームだ。

パンケーキの専門店が増え、各地で行列が出来ているというのを耳にする。パンケーキ屋さんの情報を集めたグルメ本、パンケーキを家で作るためのレシピ本。パンケーキだけでこんな種類の本があるなんてびっくり。

 

そう言えば数日前に、友人Mさんに「パンケーキとホットケーキって一緒でしょ?」と聞かれ、「全然違うって!」と豪語したのを思い出した。

「ホットケーキは甘いやつ、パンケーキはそんなに甘くない感じのやつ」そう自信満々に言ったあたし。「全然違う」と言い張ったわりに説得力のない主張だったけど、きっと私の知らないなにか根本的な違いがあるはずだ!

あたしは「パンケーキとホットケーキ」というレシピ本手に取った。パラパラとめくってみる。

『第一章 基本のパンケーキとホットケーキの作り方』

……ふむふむ。基本をね、基本を教えてちょうだいよ。材料の欄に目を落とす。

 

「違いはココだけ!」と大きく囲まれた箇所に注目……。

 

パンケーキ 小麦粉180g 卵1個

ホットケーキ 小麦粉140g 卵2個

 

 

……え、

違いはココだけ???

パンケーキの方がちょっと粉っぽいってこと?……そ、それだけ??

 

……Mさん、すみませんでした。パンケーキとホットケーキにそんなに違いはありません。

 

 

そのあと、実用書コーナーで見つけた、ゾンビになった時のハウトゥー本に興味を引かれたあたしは、どの家が侵入しやすいか、集団で人間を襲うにはどういうチームプレーが必要か、などを学び、なんだかどっと疲れたので、二階にあるバー・ラウンジに足を向けた。

 

2階のラウンジ!

ここがまた、いい感じなのだ。

ソファ席がゆったりしていて、照明が薄暗く落ち着いた雰囲気。隅にグラウンドピアノなんかが置いてあってなんだか素敵。前回来た時、ここでお茶したいなぁと思っていたので、今回こそはと行ってみた。

しかし、値段を見てビックリ。

カプチーノ900円……ですか。

大阪人としては、つい口にしてしまうこのセリフ……え、えらい場所代、高いなぁ。

 

かなりのオサレ価格に圧倒されたあたしは、結局1階のブックコーナーで「美味しいコーヒーを自宅で淹れる本」の本を1300円で購入して帰った。

 

家で、安くて美味しいコーヒーを飲みながら、マンガでも読むかー。

 

第32回 東京、電車あれこれ


 

 

 

先日、食事に誘われ仕事終わりに「池ノ上駅」まで行くことになった。

「池ノ上駅」は京王井の頭線、下北沢のひとつ前の駅……らしい。

東京人である同僚に聞くと「池ノ上?そんな駅ある?」と言われるくらいの知名度の駅で、〝隠れた名店〟に連れてってもらえるとのことだったが、池ノ上駅がまず〝隠れた名駅〟のようだ。

……ひとりで電車を乗り継いで、はたしてたどり着くのだろうか。難易度高そう。そもそも井の頭線って乗ったことないし。

 

以前の記事、「第5回&第6回 うまく電車に乗れない」でも書いたが、東京の電車ってやつはホントややこしい。

上京直後、ジョルダンのサービス〝乗換案内〟先生には随分助けられたあたしだが、一年半経った今でも彼に大変お世話になっている。

瞬時に乗換方法を教えてくれる頭の回転が速いカレ。ぐいぐいとあたしを引っ張って行ってくれる頼もしいカレ。そんなカレとともに東京生活は成り立ってきたといっても過言ではない。

 

さて今日も乗換案内先生に目的地まで誘導してもらうために、アイフォンの画面を優しくひと撫で。出発駅「赤羽橋」到着駅「池ノ上」と入力すると、頭脳明晰なカレはすぐに乗換順を教えてくれた。

 

『赤羽橋(大江戸線)→青山一丁目(銀座線)→渋谷(井の頭線)→池ノ上』

 

ふむふむ、まずはアオイチで乗換ね。あ、ちなみにアオイチって青山一丁目のことね。東京に慣れてきて、覚えたての略語とか使ってみたい頃です。

アオイチは何度か利用したことのある駅だし、メトロへの乗換も経験済み。銀座線と半蔵門線があるから間違えないようにしなくちゃ……

 

……と、そこでふと思った。

わざわざ乗換口の遠い銀座線に乗らんくても、半蔵門線でも渋谷に行けるんちゃう? しかも銀座線やったら渋谷まで3駅、半蔵門線は2駅、こっちのほうが早く着くし……。

そう。東京の電車事情が少しずつ分かってきたあたしは、乗換案内先生の教えにアレンジを加えてみたのだ。

 

このアレンジが命取りとなった。調子に乗るんじゃなかった、と反省したのは半蔵門線に揺られ渋谷駅に着いた後だ。

半蔵門線渋谷駅から井の頭線への乗換は……

めっっっちゃ……遠ぉっかった!15分もかかった!(乗換案内先生の言うことを聞いて銀座線を利用していれば、井の頭線に直結で、わりとすんなり乗換が出来たらしい)

しかも、井の頭線の改札の場所が分からなくて、あたしは渋谷をさまよい歩いた。

井の頭線渋谷駅は、マークシティという大きな商業ビルの2階に改札がある。

駅がビルの2階に入ってるなんて、近未来かっ!分からんわっ!

しかも「井の頭線はこのビルの中⇒」と書いてくれてたらいいのに、美観の問題なのか(ただあたしが見落としていただけなのか)どこにも井の頭線アピールがないのだ。

おかげでマークシティの外のエスカレーターの前で、3分ほど焦った顔でキョロキョロウロウロし、東京初心者全開のオーラを出してしまった。

 

今度からは〝乗換案内〟先生の教えには素直に従おうと思う。

 

 

地下鉄の話が出たので、ついでにこの話もしよう。

前からずっと心に秘めて思っていたことだが、今日は声を大にして言いたい。

東京の地下鉄のラインカラー……アレ、なんか変じゃない?!

 

赤=丸の内線は分かる。

緑=千代田線も分かる。

グレー=日比谷線も許そう。

 

腑に落ちないのは〝青〟だ。何故か微妙な色合いで3種類ある。

一番はっきりした青らしい青は三田線。

それよりちょっとうすい青、それは東西線。

そして、青に少し緑が加わった(エメラルドグリーン?)が南北線緑。

あまりにも微妙な発色すぎて、並べてみないと違いが分からない。

こうならざるを得ない理由はなんとなくは分かってる。東京は路線数が多いから赤、青、緑…では収まりきらなかったのだ。だから微妙な混合色を出さざるを得なかった。それは分かる。

 

でも……いまだに悩ましいのは……有楽町線だ。

あれはいったい何色?

ベージュ?はたまた黄土色?

 

あたしは最初、有楽町線は黄色なんだと思っていた。黄色のラインカラーの地下鉄は他にないし、黄色だと思って疑わなかった。案内板の色が黄色でなくくすんで黄土色に見えるのは、長年使用の劣化が原因なんだと、そう思っていた。

 

こうやって書いていると、どんどんモヤモヤが膨らんできたので、先ほどウキペディアで有楽町線のラインカラーが何色なのかを調べたら……

な、なんと!まさかの〝ゴールド〟……?!

はいー?なんか、生意気―?

キンキンピカピカしてないのに、金だと主張するのは分不相応じゃないか、なんとなく納得がいかない。

そんな不満を感じつつ、ふと思った。

有楽町線がゴールドってことは、まさか……。リサーチを続けると、嫌な予感は的中した。グレーだと思っていた日比谷線……あいつは〝シルバー〟だった!

ほんと東京ってトコは!!見栄っ張りか!!

 

 

 

最後にちょっとだけ大阪の電車の話もしよう。

 

大阪人のあたしが東京の電車についてあれこれ思うように、東京人も大阪の電車についてあれこれ思っているらしい。東京人の友達Kがこんなことを言いだした。

 

「こないだ旅行で大阪に行ったんだけど、環状線って回ってないんだね!」

 

へ?と一瞬思ったが、確かにそうなのだ。

東京の山手線は確かにぐるぐるひたすら回っているけど、大阪の環状線には気付かぬうちにピャーと奈良とか和歌山に行ってしまうやつがいるのだ。(もちろんグルグル周り続けてる電車もいるのだけど)

あと、環状線には〝快速〟がある。

オレンジ色の車体に乗ればチマチマ各駅停車するはずだけど、ちょっと早そうな顔のやつは要注意!京橋とか天王寺とかの主要駅にしか止まらないやつだ。そして気を許してのんびりしていると、奈良とか和歌山にピャーと行ってしまう。

 

乗り慣れてわかりやすいと思っていた大阪の電車も、他の地域の人からすると難しいものなのだな、と思った瞬間だった。

 

第31回 巣鴨系になるのか?あたし


 

 

 

巣鴨は、〝おばあちゃんの原宿〟と言わている。

 

行ったことがないのでどんなところか分からない。でもきっと長閑な下町なんだろうというイメージだ。古い町屋が並んでいて、どことなくお線香の香りが漂っていて、団子が売っていて。あ、そうそう、京都みたいな。

いや、京都ほど華やかじゃなさそうだ、奈良みたいな感じかな?

ほんでシカの代わりにカモがいるんだろう、巣鴨だからな。カモ煎餅とかあって、それ買ったら野生のカモの襲撃にあって「カモ、マジ、コワイ」なんて言ったりするんだろう。

 

まあ、そんな妄想はいくらでも膨らむけど、それだけじゃもったいないので、実際に行ってみることにした。

 

 

正月ボケがまだ続くある一月の日曜日の昼下がり。その日は雲一つないいい天気で、絶好のお出かけ日和だった。こんな日に巣鴨に行かずしていつ行くんだ、そう思ったあたしは早速、巣鴨に行くための準備を始めた。

 

先日、青山ファッションで散々迷ったあたし(「第29回青山に着て行く服で迷う」を参照)。今回は巣鴨系なファッションをチョイスしないといけない。街に馴染んでいない格好をして、すれ違う人たちに含み笑いをされるのは嫌だ。

クローゼットを開け、巣鴨系の服を探す。

 

5秒で気づいた。

 

……おばあちゃんっぽい服なんて持ってないしっ!!!

 

そりゃそうだ。一応あたしも20代女子。お洒落に気を使う年頃の娘なのです。おばあちゃんみたいな服は持ってません。

あ、でも、高齢者ウケの良かった服なら持っているぞ。大阪にいるとき、ご近所のオバチャンに「あら直ちゃん、その似合うわねぇ」と褒めてもらったピンクのジャンバー。うん、オバチャンに褒めてもらったから間違いないだろう。

そのジャンバーを羽織り、巣鴨に向かった。

 

 

「巣鴨」駅は山手線で池袋を行き過ぎたところにある。

奈良のシカのいるような風景を想像していたあたしは、駅前の近代さびっくりした。

改札出たところには「アトレヴィ巣鴨」という大きくて綺麗な商業施設がデーンと建っていて、お洒落なカフェや惣菜店が入っている。駅前の道路も広くて整備されている。

……なーんや、こんなもんかー。

確かに高齢者の割合は多いかもしれないけど、全然巣鴨っぽくないし他の街と変わんない。

でもまあせっかく来たから、と駅前をプラプラした。

 

今日は天気がいいとはいえ、風が強い。使い捨てカイロでも買って早めの寒さ対策を、と駅前の百均「シルク」に入った。

そこであたしはこの街の特殊さ気づき、圧倒された。

入ってすぐの棚にずらっと並んでいる商品は、

 

大人用尿取りパッド。

大人用身体拭き。

大人用おしりふき。

 

まさか、こ、こんなところに地域性がっ!?

百円均一でこんなに介護用品が並んでいるのは初めてだった。サポーターやプロティクターなんかもかなり充実している。やっぱり、高齢者の街だけあって売れ筋なんだろうか……。目から鱗だ。

 

目的のカイロを買いシルクを出たあたしは、すぐ隣のマクドナルドのお客さんの半数が、プレミアムローストコーヒーを片手にお茶を楽しむおばあちゃんたちなのにビックリしつつ、さらに巣鴨の奥地へ進んでいく。

かの有名な「巣鴨地蔵通り商店街」に入る。

この商店街は駅前に比べ、ぐっと巣鴨っぽい。おまんじゅう屋さん、お煎餅屋さん、お茶屋さん。仲良さそうな年配夫婦や買い物を楽しむおばさん軍団たちが、みんなそれぞれの歩調で楽しそうに街をお散歩している。

 

あたしは初めてモンペが売られているのを見た(1950円)。おじいちゃんおばあちゃんが使うステッキ(1050円)はよーく見てみると、男性ものは無地で渋く、女性ものは桜柄がプリントしてあったりして結構華やかである。

軒を連ねるお店を眺めながら商店街を進んで行くと、大きい山門が見えてきた。〝高岩寺〟である。

 

そうそう、巣鴨と言えば高岩寺の「とげぬき地蔵」が有名だ。ピンセットを持っているお地蔵さんなのか(たぶん、違う)とその姿を一目見て見たかったのだが、なんと、とげぬき地蔵は秘仏で公開されていないらしい……うーん、残念。

高岩寺の山門をくぐるとお線香の煙を浴びる香炉がある。身体の気になる部分に煙を浴びると健康になるという、浅草寺とかにもあるやつだ。六十代くらいのおっちゃんが、腹部に必死に煙を擦り込んでいたのがとても印象的だった。

 

 

事前情報で、巣鴨には赤色のパンツを専門的に売っているランジェリーショップがあると聞いていた。

お年頃のあたし。赤いセクシーなパンツの一枚や二枚、持っておいてもいいかもしれないし、気に入るデザインがあれば買ってみようかなー、なんて思っていた。

そして高岩寺を出て少し行ったところに、それらしきお店を発見した。

 

……まさか、ここか?

お店の前で固まるあたし。

 

ランジェリーじゃねぇ、パンツ屋だ。赤パンツ屋だ。

そこは、セクシーな要素一切なしの、伸縮性抜群、お腹まですっぽりで冷え知らず!の赤い綿パンツのお店だった。どうやら、赤いパンツをはいていると幸福が訪れるという開運下着らしい。ちなみに売れ筋ナンバーワンは、今年の干支「へび」がワンポイントで刺繍された開運パンツ!

むむう。

健康運は上がるんだろうが、男運は下がるんだろうな……。結局一枚も手が出せずに、お店を後にした。

 

 

「巣鴨地蔵通り商店街」は見所満載で思ったよりも長い。

それなりに疲れてきたので、足を休めるためにコーヒーを飲むことにした。でもこんな所にスタバなんかはなく、あたしが入ったのはいわゆる昭和喫茶店。店内の年齢層は高く、みんなオーバー60といったところか。

声をひそめ話、静かに笑い、優雅にコーヒーを飲んでいる巣鴨系(?)のおばさま達。

 

あたしはそこではたと気づいた。東京と大阪の違いを。

 

東京のお年寄りはとても上品である。

おばあちゃんと呼ばれる人もおばちゃんと呼ばれる人も、みんな品がよく、おしとやかだ。

喫茶店では静かにコーヒーを飲み、買い物中もみんな慎ましく大人しい。黙々と自分に合うものを選んでいる。

 

片や大阪のオバチャンたちの我の強さは半端ない。喫茶店に入ろうもんなら周りにも聞こえる大声でペチャクチャ話し、街では「あんた、あんたコッチよぉ!はよおいで!」と叫ぶ。割り込み、上等!値切り、常識!それが大阪のオバチャン。

 

途中から気付いてはいたのだが……今日あたしが選びに選んで着た、派手なピンクのジャンバー……巣鴨の街では浮いていた。

大阪のオバチャンにはウケる原色系のハデさは、巣鴨では異色の存在なのだ。

巣鴨で主流のカラーは、黒・茶色・ワインレッド・暗めの緑の四色。個性なんていらない。飛び抜けたものなんていらない。慎ましく上品で、そして温かければなお良い。それが巣鴨系ファッションだった。

 

 

そんな控えめなおばさま方を背にコーヒーを飲みながら、ふと真面目に将来の事なんかを考えた。

このまま東京で一生を過ごし年老いていくとなると、あたしはいったいどちらのおばちゃんになるのだろう?

派手もん好きの大阪のオバチャン?それともお上品な巣鴨系?

ううーん……。

そんなことを考えながら飲んだ巣鴨のコーヒーは……

とーても美味しかった。

 

第30回 続・ほうげんの戦い


 

 

エッセイも気づけば第30回である。
長くお付き合いいただいている皆さま、いつもありがとうございます。
そして気づけば2013年に突入しておりますが、今年もこのエッセイ「東京、アホちゃうか~」と、上京して一年半まだまだ東京初心者・十時直子をどうぞよろしくお願いします。
東京の街で道に迷ってるあたしを見つけたら、どうぞ優しくご道案内していただければと思います。

「続・ほうげんの戦い」とタイトルを付けた今回のエッセイは、過去の記事で大変人気があった「第13回ほうげんの戦い」の続編で、上京して一年半の経過報告である。

まぁ、今までの経過をざっとおさらいしてみよう。

上京してすぐ頃(プロローグ・上京物語を参照)、街から否応なく聞こえてくる「ってか普通じゃん?」「だよねー」などの聞き慣れない言葉にビクビクしていたあたし。東京弁を耳にするたびに、ああここは東京なんだな、あたし上京したんだな、と感慨深くなりながら毎日を過ごしていた。

そして上京9ヶ月が経った頃(第13回ほうげんの戦いを参照)。東京生活に慣れてきたあたしは、すまし顔で東京弁を喋るべく努力したが、アクセント問題だけがどうもクリアできず悩む。東京弁を喋ろうとしたり大阪弁を喋ったりしているうちに、方言は制御不能に交じり合い、何弁が出てくるのか分からないというハラハラの毎日を送っていた。

そして、上京から早くも1年半――現在である。

「え、十時さんって大阪出身なんですか?大阪弁出ないですね」

最近初対面の人に、そんなことを言われることが多くなってきた。
自覚はないのだが、あたしの東京弁はどうやらめきめきと上達していて、苦戦していたアクセント問題も違和感なくクリアできているようだ。
「なんか、見た目も大阪っぽく見えないですよねー」
「そんなことないですよぉ。中身はコテコテの大阪人ですよぉ」
なんて言いつつも、心の中では、へっへーん、どんなもんじゃ。もっと言って。とほくそ笑んでいる。

最初の頃は東京弁を使わなきゃとか気を張っていたけど、最近ではもう意識することもなく、ごく自然に、ネイティブに喋れるようになった。
1年半も経つとやっぱり東京に染まっちゃうじゃん?ほらほら「じゃん」だってうまく使える。

それもこれも、東京でできた東京弁を喋るお友達のおかげだな、と思う。
言葉っていうのはやっぱうつる。
うちはお婆ちゃんが博多に住んでいて学生の頃よく遊びに行っていたのだが、一週間も滞在すると「博多弁なんて喋っとらんとよー」なんて具合にやっぱり博多弁はうつっていた。

実はうつっているのは方言だけじゃない。
ギャルっぽい子と遊んでいると、言葉はギャルっぽくなるし、
男の子っぽい子とご飯食べていると、喋る内容までサバサバしてくるし、
お嬢様っぽい子と談笑していると、つい口に片手を添えて笑っている。
つまり、あたし……意外に柔軟?!どんな人とでも合わせられる擬態動物なのだ。やるな、あたし。流されやすいだけでしょ、とかお願い言わないで。

しかし、どうも仲良くなりすぎると……大阪弁が混じってしまうようだ。
仲良くなって気を許した相手だとリラックスモードになってしまい、ここが東京だとか大阪だとか関係なくなってくるわけだ。なんだかんだゆっても心は大阪人なわけやし、しょうがないじゃん?ってな感じに。
気持ち悪って言われそうだが……この中途半端な方言が聞けたら、仲良くなった証拠ということにしておきたい。

心配していたのは大阪弁との使い分けである。
大阪に帰って東京弁を喋っていると「あいつ東京に魂売った」とか言われ、間違いなくボコボコにされる。
年末年始は故郷である大阪に帰った。久しぶりに家族に会い、そして古くからの友人達と会うのだが、ちゃんと100パーセント大阪弁で喋れるかなぁ、と出発前は気をもんでいた。

大阪梅田のお店で、久々に会った友人とお互いの近況なんかを報告する。
自然と繰り出されるボケにツッコミ、そしてツッコまれ……楽しく喋っていたのだが、意識しないうちに東京弁がちょいちょい出てるのかも、と気になったので思い切って聞いてみた。

「なぁなぁ、あたし、ちゃんと大阪弁喋れてる?」
「……うん?喋れてるんちゃう?」
……ふぅ、良かったぁ。
違和感なく大阪弁に戻れているらしい。まぁ元々「じゃりン子チエ」のようなアクの強い大阪弁は使っていないのだが「大阪のあたし」に戻れているようだ。一安心して会話の続きを楽しんだ。

ということで結論。
上京一年半経過し、あたしは三つの方言スイッチを手に入れた。
① 東京弁
② 大阪弁
③ 二都市ミックス弁

ん?ネーミングがお弁当の種類のようになってしまった。二都市ミックス弁がうまそう。
まぁ上京した時の目標のひとつ「違和感なく関西弁と関東弁を使い分けること」というのは達成できつつあるということだ。今後も何か変化があれば、報告したいと思う。

そういえば最近、高校のクラスメイトA(もちろん大阪人)が3つ隣の駅、西荻窪に引っ越ししてきたことをフェイスブックで知った。近所なんだし高円寺で飲もう、おすすめのお店連れて行くし!とご飯に誘った。
待ち合わせの場所に向かいつつ、ふと心配になる。
Aは高校卒業後すぐに東京に引っ越したので、会うのは十年ぶりくらいなる。十年も東京生活を送っているAは、もしかしたらこちらに染まりきっていてガチ東京弁かもしれない。大阪弁で話しかけて、ガチ東京弁で返事されたら……ど、どうしよ。
私の方言スイッチはどう機能させれば?
東京弁からの大阪弁か?
それともミックス弁か?

どきどきしつつ待ち合わせ場所に行くと、
「ととちゃん、変わってへんなぁ~」
と大阪弁で話しかけられた。
考え過ぎだったかぁと安堵し、おススメの高円寺の沖縄料理屋さんに連れて行く。東京だけど大阪に戻ったような気分になり、昔話に花を咲かせ、そして大阪のノリで持ちネタの面白い話を披露した。すると、キュートな笑顔でAは言った。

「ウケる~」

……っ!!!(絶句)

……ウケる、は無理っ!
大阪弁の会話の中に紛れた「ウケる~」はそれはもう凄まじい破壊力だ。東京弁を使いこなせるようになったあたしでも、ウケるだけはまだ言えない。そこは「めっちゃオモロイやんっ!」って言わなっ!
Aはすっかり東京に染まりきってしまったようだ……。
あたしもいずれ「ウケる」を言うようになるんだろうか……。

第29回 青山に着て行く服で迷う


 

 

高校時代の先輩が結婚するということで、二次会に招待いただいた。
新婦の先輩は現役の女優さんでとても綺麗な方、そして旦那さんも業界の方らしい。パーティ前夜、いったいどんなところが会場なのかなと住所を確認。息を飲んだ。

〝東京都港区南青山▲-☆-◆〟

……あ、青山でございますか!!
住所に〝青山〟とついてるだけなのに、なんかオサレ感が漂っている。
絶対普段行かないようなお洒落なお店に違いない、と会場となるお店の名前をパソコンに入力し検索ボタンを押した。現れる洗練されたHP。むむう。
そこはレストランでもなくカフェでもなく、いわゆる〝クラブラウンジ〟といわれる場所だった。しかもそのお店、キャッチフレーズが

「パリの高級クラブが東京に」
んまあ!
大阪コテコテガールには敷居高すぎる気がするんですけど!田舎もん丸出しで周りから浮くのは嫌だ!
いったい何を着て行けば?!とあたしはタンスの中をひっくり返した。

青山って何度か通ったことがあるけど、それはそれはオサレなところだと記憶している。
なんだか高級なブティックが並んでいて、あたしの読んでる赤文字系ファッション誌にはとうてい出てこない、ハイソなブランドのお店ばっかり。お店の中に入ったことがないのでお値段がどれほどなのかは分からないけど、パルコやマルイとは違い大体どのお店もお客さんは少なく(お客がいたとしても、ハリウッドセレブのような恰好をしている人が大半)きっと運悪く何かの間違いで入店してしまったら、とても売り上手な店員さんに掴まり、何か物を買うまで外に出れない雰囲気になり、そのお店の最低価格品の1万円のタンクトップとか買ってしまいそう。

そして青山は、アパレルショップ以外にもカリスマ美容師がいる高級ヘアサロン(カット8000円とかだろう)があったり、間接照明を使いまくってやたらとスタイリッシュなカフェ(コーヒー一杯いくらするんだろう)とかがある。
そして青山を歩いている人たちもまた洗練されたファッションで、いわゆるモード系の服をに身を包んでいる人たちが多い。ジャージやサンダルの人は間違いなくいない。スッピンでちょっとコンビニまで♪とかも無理そうだから、絶対に青山には住めない。まぁ家賃高いから住めないケド。

さあ、そんな青山にある高級クラブラウンジに行くとなれば、かなり張り切らないといけない。あたしは念入りに服を選ぶことにした。

まずはドレス選びだ。あたしはクローゼットを開け衣装ケースの中をまさぐって、パーティドレスになりそうなワンピースたちを引っ張り出した。安物だけど、ドレスは何着か持っている。
明らかに夏物だな、というドレスは外し、候補は三着に絞られた。

一着目。黒の切り替えワンピース。清楚系で、胸の下あたりからフワッとスカートが広がっているので、とにかくどんなに食べてもお腹のポッコリが目立たないというメリットから、結婚式とあらばこの服を使っている。
早速ワンピースに袖を通し、どんなもんかと鏡の前に立ってみた。
ううーん。
この服って、青山系というより神戸系ってかんじ。清楚なお嬢様って雰囲気で、ピアノの発表会に向いてそう。まあピアノなんて弾けないけど。膝丈のスカートも、なんだか守りに入ってる感がある。
悪くないけど、これは……青山じゃない。

と言うことで二着目。茶色のガーリー系ワンピース。
袖が丸くてちょっぴり少女趣味だけど、色が秋っぽくていいかな、なんて思って着てみた。
ツイードっぽい厚めのしっかりした生地。スカートのすそは膝上10センチはあるので割とミニめで、黒のワンピースより攻めに入ってる感じで良い。シンプルなワンピースだから、パールのネックレスやらカチューシャなんかを装着して鏡の前に立って見る。
……あ。
……なんか、田舎もんが頑張って着飾ってる感じ。
アクセサリーをごてごてとつけたのが悪かった。でもそれ以上に、この厚手の茶色い生地が田舎くさい……。
だめ、これじゃ青山には出掛けらんない。即、ワンピ、脱ぐ。

最後、三着目。
青色のマーメイド型ワンピース。
これは、ノースリーブで肩出しだし、スカート膝上15センチだしかなりセクシーな感じだぞ。このドレスに、白のふわふわファーマフラーを合わせて……、鏡の前に立ってみる。
……おー!
これだったら青山に行けるかも!!
シンデレラが魔法でドレスを手に入れた時の気持ちがよく分かった。
ほどよく色気が出てるし、それに、生地のペラペラ感がいいっ!!!茶色の厚手生地のワンピを着たあとだからか、このペラペランのテロンテロン感がなんか都会っぽく思えた。
でも実はこれ、フォーエバー21で買ったワンピで2990円。青山に行くドレスにしては一桁足りない気がする。でもタグが見えるわけじゃないしね。
ということで、パーティドレスはこの青色のマーメイドドレスに、大、決定。

当日。
前夜に選んだワンピースに袖を通したあたしは、いつもより時間をかけて化粧をして、ツケマまでつけて、そして髪の毛をひとまとめにアップにした。香水を持っていないあたしはドレスに、CMの石原さとみのように「しゅしゅしゅしゅと」フレアフレグランスをふりかけてから会場に向かう。

結婚式の二次会の会場は、想像通りオサレなところだった。
地下に設けられたお店は、店内照明が赤くてなんだか妖艶な空気。そしてクラブなだけあって、ガンガンに音楽が鳴り響いている。会場中央にはポールダンス用のバーがあるのだが、普段このお店ではそういう演目もやっているのだろう。
クラブなんて生まれてこのかた来たことのないあたしは、とにかく場所に浮かないように、エレガンスに振る舞うので必死だった。
一緒に行った友人と、久々の再会を喜びながら、彼女のドレスもまたテロンテロン系なのにホッとする。女性招待客のほとんどはテロンテロンの服を着た人ばかりで、このドレスを選んで良かったと確信した。

そして結婚式二次会のパーティが開始。
普段からお綺麗な先輩だけど、真白のウエディングドレスを着た先輩はそれはもうめちゃくちゃ綺麗だった。新郎新婦、仲良さそうな二人に目を細め、美味しいお酒をチビチビと飲んでいると……突然会場が怪しい空気に包まれた。

開場の隅から、突如出てくる下着姿のセクシー美女。
ミラーボールが光り出し、恥ずかしくなるほどのエロい曲と共に、会場の中央のバーにて、美女によるポールダンスが始まった。
生まれて初めてみるポールダンス。
セ、セクシーすぎる!お、開脚!?

ビックリするくらいに妖艶なダンスに目を背けることはもはやできず、思春期の中学生がエッチな本を見るかのように目が離せず凝視してしまった。

とんでもない洗礼を受けたあたし。
青山、思っていたよりスゲェ街だ……。

☆私伝言☆
M先輩、ご結婚本当におめでとうございます!
ポールダンスにはビックリしたけど、楽しいパーティでした♪

第28回 池袋でオアシスを探せ?


 

 

さて今回は「第27回 いけふくろうを探せ」の続きである。

友人Sちゃんによって池袋系女子と勝手に分類されたあたしは、よく知らない街池袋にて、待ち合わせのメッカ「いけふくろう」を探していた。

すると、今から「いけふくろう」に向かうと言う男子中学生たち5人組が!こっそり彼らの後をつけながら、地下道を歩いていた。

 

さすが土曜の午後とあって、池袋の地下道は人でごった返している。

流れの速い雑踏の中、彼らの背中を見失わないようにして歩いていると、その中ひとりの男子が一方を指でさした。

「お、なんかさ……☆◆○※?」

なにを言ってるのかは分からなかったけど、彼の指の先に注目する。なんだか妙に人が群れて立っているぞ。……ん、よく見るとその群れの奥の方に、金属の手すりで小さく囲われた石のかたまりが……。

 

まさか、これが……?

 

 

いけふくろう?

 

 

……さ、冴えない。

 

 

ここ、さっきからあたし何回も通り過ぎたし。それで気付かないってどんだけの存在感?待ち合わせ場所だと聞いていたので、もっと広い広場を想像していた。そしてその中央に堂々たるふくろうがそびえたっているのかと……。

でも実際のいけふくろうは、人が行き交う狭い地下通路に置かれた「石」だった。像のフォルムはというと、ずんぐりむっくりな胴体。「たまたま削ったらふくろうっぽい形になったので、ちょちょっと目と口もつけてみましたー」という感じの、荒削り感。

あたしが予想していた、翼を広げ今にも飛び立ちそうな緊張感……はどこにもなく、岩の上にででーんと座っているふくろうが、やや左向きでドヤ顔しているようにも見える。そして左側前方に三匹の子分ふくろう(?)を従えていた。

 

エッセイのネタとして後で記事にするために、あたしはアイフォンを取り出しカメラを起動させる。いつもこうやって、あとあとの為に写真を撮るのだけど、実はこのカメラを構える瞬間が一番恥ずかしい。

 

「うわ、あの人、いけふくろうなんか撮ってんじゃん?」

「いけふくろうが珍しく感じるなんて、ウケる~」

「どっか田舎から出てきたんじゃね?」

 

 

そういう声が聞こえてくる気がするのだ(被害妄想)。

だって地元の人たちはいけふくろうの写真なんかとらないだろうから(あたしだって大阪にいたころは、難波のグリコの看板なんか撮らなかったし)写真を撮ろうとしているあたしは、周りから見ればお上りさん全開だ。

あたしはアイフォンから発せられる「カシャリ」とシャッター音が周りに聞こえないように、スピーカーの部分を指で抑えながら写真を撮った。

 

 

 

 

池袋と言えば「池袋ウエストゲートパーク」だ。

東京人からは笑われそうだが、東京をよく知らない大阪人は池袋に対してそんくらいの知識しか持っていない。

しかしここまで断言しておいてなんだが、あたし石田衣良さんの小説も読んだことないし、実はテレビドラマも……見てない!どっひゃーん!

 

いけふくろう捜索を終えたあたしは、次の目的地を「池袋ウエストゲートパーク」の舞台となった「池袋西口公園」通称「IWGP」に決めた。

池袋訪問二回目のあたし、もちろんIWGPがどんなところなのかも知らない。

 

うん、たぶんそれなりに大きい公園だろう。

都会のオアシス、大人たちの憩いの場ってやつだろう。

大阪でいう「靭公園」みたいな。

緑に囲われたひっそりと静かな公園。木の下のベンチで午後の穏やかな木漏れ日を浴び、綺麗なお姉さんがトイプードルを散歩させているのを見ながら、カフェラッテでも飲もうかな。IWGPへの期待が高まったあたしは都会のオアシスへ向け、足を速めた。途中自販機でカフェラッテを買う。

でも想像していたIWGPは、そこにはなかった。

 

 

だだっぴろい広場。

それが、I、W、G、P。

 

 

優雅にお茶ができるようなベンチや、生い茂る木々、そして午後の木洩れ陽なんてどこにもない。っていうか現在時刻・夕方5時。もう日が沈みそうなこの時間に、木々の木漏れ日を期待したのがバカだった。

そこにあるのは、水の出ていない噴水と、芸術的(すぎてよくわからない)オブジェ。そして円形広場にぐるりと設置されたベンチのようでベンチでない鉄の太いパイプに座り、何となく時間を潰しているおっさんたち。

 

あれ?

都会のオアシス、どこ?

あたしは熱々の缶コーヒーを手に握り、パイプに座るおじさんたちの視線を集めながら円形広場のそのど真ん中を突っ切り、静かに公園を立ち去った。

木の生えていない公園もあるのだな、とIWGPにて学習する。

 

 

IWGPを後にし、缶コーヒーを持ったあたしは途方に暮れた。いけふくろう捜索で疲れた足はパンパンになっている。早くどこかで足を休めたい……。

こういうときはアイフォン先生にご指示を頂くとするか。とディスプレーを優しく人差し指で撫で、地図アプリを起動。

お、なんと!IWGPから少し歩いたところにもう一つ公園「西池袋公園」があるらしい。「池袋西口」「西池袋公園」だから「WIP」?なんて考えながら、そこで缶コーヒーを飲むことにしようと、芸術劇場を抜けずいずい西に進んでいった。

日が暮れ、人通りも少なくなってきて、ちょっぴり心細さを感じていると、うっそうと木が生い茂る公園が見えてきた。

これが、もしや「西池袋公園」?敷地内へ入ってみる。

 

いやー。

これまた、やられた。

行った時刻がまずかったのかな……。

 

人気のない電燈の怪しい光に照らしだされた公園。

そろりそろりと入ると、まずあたしを迎えてくれたのは公園の隅に設置された小さなキャンプ用のテントだった。……の、野宿者?

公園野宿者にビクビクしながら足を進めると、3人の男の人たちが駅の方を見つめながら花壇の端に座っていた。なんの待ち合わせ?

そしてそんな怪しい男たちを見張るように遊具の周りを、制服を着た警察官が2人ほど、目を光らせてパトロールをしている。

なんか怖いんすけど、ここ。

座れるベンチを見つけたけど、ゆっくり落ち着けるわけもなく……。

あたしはパトロール中の警察官に怪しい人物と目を付けられぬよう細心の注意を払いながら、公園を脱出した。

都会のオアシスはここにもなかった。

 

 

すっかり冷え切った缶コーヒーを手に持ったまま、結局駅前に戻ってきてしまった。

池袋の公園……休まらねえ。

オアシスなんて、どこにもねえ。

 

疲れた足でふらふらと西口付近を歩いていると、なんと偶然にも緑色のふくろう三匹を発見。植物で覆われた巨大な像は「えんちゃん」という名前がついていて、いけふくろうに比べると随分キャラクター化されてて可愛い。しかも「えんちゃん」の足を触るといいことがおきると言う縁起付き!お前はビリケンさんか、っとツッコミたくなった。

 

 

結局、あたしは三匹のえんちゃん像を見ながらコーヒー・ブレイクをすることにした。

一息入れつつアイフォンで調べものをする。

なんと池袋には何匹ものふくろうのオブジェがあるらしい。

あたしが「いけふくろう」像として思い描いていた、羽ばたいてるリアルなふくろうも街のどこかにいるらしい。そういや、ふくろうの形をした派出所もあったし、どこまでも「ふくろう」推しの街なのだな。

 

よし、次回は「ふくろう探しオリエンテーリング」だ!

第27回 いけふくろうを探せ!


 

 

「ととちゃんは池袋系だよね」

と東京在住の友人Sちゃんに言われ、戸惑いを隠せなかった。
「池袋系」ってなんだ?原宿系、渋谷系なら分かるけど、池袋系って……。
池袋に一度も行ったことのなかったあたしは、そこがどんな街なのか、どんなジャンルの人が歩いているのかも見当つかない。
でもなんとなくパッとしない感はある。
「青山系」とか言われたかった……。

そういうSちゃんはいつも、いちごやさくらんぼがプリントされたラブリーなワンピースを着ていて、フェミニン全開・毎日乙女大放出である。池袋系と分類されてしまったあたしは「あんたはいったい何系なん?」と逆にツッコミたくなったが、その前に未知の街・池袋に行って自分の立ち位置を知ることにした。

池袋といえば……
・サンシャインシティ
・いけふくろう
・池袋ウエストゲートパーク
・治安が悪い?
・埼玉県民が多いらしい
これがあたしの勝手なイメージ。はは、池袋系女子として嬉しい響きがひとつも何もないぞ。

初めて池袋に降り立ったのは今年の1月某日。
ちょうどたまたま大阪から来ていた友人Eに「池袋系と言われた」という話をすると「じゃあ、その街を見に行ってみよう」という話になったので行ってみた。でもその日は、Eの新幹線の出発時間が迫っていて、あまり時間がなかったので、サンシャインシティをざっくり回るだけだった。

サンシャインシティは、ショッピングモール、水族館、プラネタリウム、展望台……なんでもあって一日遊べそうな大きなアミューズメントビルだった。その全部を回ったわけではないけれど、サンシャインという場所の空気はなんとなくわかった。

とにかく、
なーんでも有り。

客層は老若男女様々で、幅広い人に受け入れられている感。なんとなく漂う「地元」風の空気。高級すぎない庶民感?
「池袋系」=誰にでも親しみやすい。と、良い風に無理やり定義づけ、その日は池袋を後にした。

10月某日。池袋リベンジ。
前回の訪問からだいぶと月日が経ってしまったが(池袋系として失格か)、また行ってみることにした。

そう言えば先日、とある雑誌のとあるワンコーナーで「東京デビューでたどり着けなかったところランキング」というのを見かけた。

1位 ハチ公の銅像
2位 アルタ前
3位 いけふくろう

とある。池袋の待ち合わせのメッカ「いけふくろう」が堂々の3位にランクイン!
……そういやあたし、いけふくろう見たことない。池袋系としてなんたることか!
ということで、池袋再訪問の目的は「待ち合わせでもなんでもないけど、いけふくろうに行ってみる」となった。

ウワサに聞いたところによると「いけふくろう」は駅の施設内、地下にいるらしい。
改札を出たあたしは、小学校の林間学校のオリエンテーリングをなんとなく思い出しながら、人ごみの中「いけふくろう」捜索を始めた。

「いけふくろう」の写真すら見たことないあたしは、それが大きいのか小さいのか、石像なのか銅像なのかはたまたガラス製なのか、キャラクター化されているのかアーティスティックなモニュメントなのか、飛んでいるのか座っているのか、すら知らない。
あたしの予想では、渋谷のハチ公像くらいの大きさの銅像で、やや高めの台に両方の翼を大きく開き、鋭い眼球、今にも飛び立ちそうな迫力。そんな野生のふくろうをイメージしていた。

しかし、いけふくろう……どこを探しても見当たらない。
改札出たらすぐと聞いていたのに、もうすでに地下街を30分は歩き回っている。
……まあ途中色々と、百貨店のスイーツコーナーを覗いたり、パルコの地下1階の靴屋さんを覗いたり、アップルロード、オレンジロードというネーミングに笑ったりしてしまったので、こんなに時間がかかっているのだが……それにしても、ないよ、ない!駅のいたるところに貼ってある、構内見取り図を見るけど、どこにも載ってないし、いない。
さすが「東京デビューでたどり着けなかったところランキング」の3位だなだけある。難易度高いぜ。

最初は「いけふくろう」探しにワクワクしていたあたしも、さすがに足がパンパン、少々うんざり気味になってきた。
ああ、こうなったら最後の手段か。
観光客を装って「いけふくろうはどこですか?」と誰かに聞いてみよう。
渋谷系女子が「109ってドコォ?」と聞くのがダサいように、池袋系のあたしが「いけふくろうってどこ?」と聞くのは少々気後れしていたのだが、もう仕方がない。
誰に聞こうかとキョロキョロしていたその時……中学生らしき男子5人グループが向こうからやってきて、あたしとすれ違うときにこう言った。

「あ、そうだ、いけふくろうに○×※△……」

最後の部分が聞こえなかったが「いけふくろうに……」と言った!
坊やたち、「いけふくろう」、行くの?!
5人の中学生の背中が、ものすごく頼もしく見える。あたしは歩いていた方向を180度転身させ、彼らのすぐうしろにぴったりとつき、行動を共にした。
周りから、中学生を追っかける怪しい女に見られてなかったらいいけど。

さて、そんなあたしは、果たして「いけふくろう」にたどり着けるのでしょうか。
長くなってしまったので次回に続く。

第26回 ヒトカラと椎名林檎


 

 

 

「あー、カラオケ行きてー」

 

仕事のストレスが溜まりに溜まったある夜、ひとりで暗い夜道を歩きながら呟いた。

無性に歌いたい。

しかし現在時刻、深夜0時。そして間違いなく今日も明日も平日だ。

この時間からカラオケに付き合ってくれそうなフリーランスの夜型の友人を探したけれど、東京にはまだそんな友達がいない……。

 

ひとりカラオケ……するか……?

 

ファミレス、カフェ、映画……あたしは結構おひとりさま行動が好きなのだけど……カラオケだけは未体験だ。部屋でひとりで盛り上がっている図を想像すると、なんか恥ずかしくなってくる。

でもどーしてもカラオケに行きたい。歌いまくってこの体中に溜め込んだストレスを開放したい、いま、すぐにっ!

 

 

ということで、駅前にある「カラオケ館」通称カラ館に向かった。

ちなみに大阪のみなさん、大阪では圧倒的に幅をきかせている「ジャンボカラオケ広場」通称ジャンカラは、東京にはございません。丸い笑った顔にマイクを持った手がついてるあのマスコットキャラクター(?)と瓜二つの「歌広場」と言うカラオケ屋さんが東京にはあるけれど、あれはジャンカラとは別ものです。ジャンカラの携帯クーポン10パーセント割引は使えないのでご注意を!!

 

 

「カラオケ館」にはなんと「ひとりカラオケ専用ルーム」というのがある。東京先行で始まったシステムみたいで、今は徐々に関西や他の地区にも増えてきているらしい。

受付で「何名様ですか?」「ひとりです」と答えるのもひとりカラオケの恥ずかしさだと思っていたけど、これなら堂々と入れる。

受付をちゃっちゃと済ませ、私はひとりカラオケ専用ルームに向かった。

 

 

「・・・・・・・おお~」

 

指定された部屋の扉を開け、私は呆然。

ひとりカラオケ専用ルームは、普通の部屋とは一味違った。

1畳半くらいの横長の小さい部屋で(狭い!)、扉や壁や空気が他の部屋とは違い、どこかレコーディングスタジオみたいな雰囲気が漂っている。カラオケ機材も全然違うくて、吊り型のコンデンサーマイク、その前には丸いポップフィルター、そしてプロも使っているというモニター用のヘッドフォンを受付でレンタルして使う(レンタル代300円は別料金)。

そう、この部屋にはスピーカーがない!

自分の歌声がヘッドフォンから聞こえてくるという、レコーディングスタイル!ナルシシズムに浸れるルームにあたしは大感激!

 

しかし、あたしは受付で借りたヘッドフォンを握りしめ、しばらく入り口にたたずんでいた。

 

……なんかよくわからん。

 

機械がいっぱい。つまみがいっぱい。小っちゃい穴がいっぱい。ええっと、どれにヘッドフォンをさせばいいの?

途方に暮れかけていたその時、

部屋の隅にある小さな勉強机のようなテーブルの上に「困ったときにはこれを見よ!!!」と言わんばかりにファイルが置いてあった。どうやらこの部屋の使用説明書のようだ。

ファイルをめくると……このマイクがいかに高性能だとか、このヘッドフォンはプロ仕様でどれほどのものかとか、うんちくがいっぱい!こちとら早く歌いたいんだよー、とイライラしてきたところで……やっと歌うまでのプロセスが書かれてあった。

指示された通りに準備をして、ヘッドフォンを頭に装着!

 

「あ~、ああ~」

マイクに向かって声を出してみる。

自分が話した声が、すぐ耳元で囁かれているかのようにヘッドフォンから聞こえる。

・・・・・・・・・おおー、これは面白い!!

テープに録音した声を聞くように「自分の声ではないような自分の声」を聞くのはなかなか愉快だ!

っていうか、ヘッドフォンから聞こえてくるのは自分の声だけじゃない。部屋の中の音、すべてがヘッドフォンから聞こえてくる。椅子を引く音、お茶を飲むときのグビグビ、鼻が詰まってスピースピーしてる音、リモコンで選曲するときのピピピ、大きな音から小さい音まですべてヘッドフォンから聞こえるのだ!

 

「オモチローーーイ!!!」

 

とマイクに向かって思いっきり叫んだ。

深夜12時過ぎ。小さなカラオケボックスにてあたしのテンションは上最高潮に!

 

 

ではでは、早速、唄ってみましょう♪

せっかくだから、なんかどっぷり浸れるバラードがいいな。

ということで一曲目は……HYの「366日」に。

 

「♪それでもい~い……ふふふふ。それでもいいと思える恋だった~。はははは!」

 

自分の歌声がヘッドフォンから聞こえてくる……それがおかしくておかしくて、笑えて歌えない。そりゃもう歌手になった気分だけど……これ、全然浸れないし!!あはははははは!

と一曲目。笑い過ぎたせいでほとんど歌えないまま、曲は終わった。

 

そのあと何曲か歌ってるとヘッドフォンからの声にもようやく慣れることができた。

あたしはマニアックなアニソンやら山本リンダやら、森高千里やら、尾崎豊やら、普段友達の前では歌えないやつを歌いまくった。

バラード続きでも、おんなじ曲を何回歌っても、誰にもとがめられることはないし、気を使うこともない!

これが「ヒトカラ」の醍醐味かー!!!と、その楽しさを存分に味わった。

 

 

深夜2時ごろ。

あたしのテンションは上がりっぱなしでちっとも勢いは衰えず、そろそろ「あのへん」いっとくかーと、リモコンを操作し曲を入れた。

 

 

椎名林檎「丸の内サディスティック」

 

 

椎名林檎そして彼女がボーカルのバンド東京事変ってなんだか「THE・TOKYO!」って感じがする。

上京したての頃、渋谷のスクランブル交差点のモニターで東京事変のPVが流れてて「これが東京なんやなぁ~」と興奮した思い出があるからだろうか。

それに椎名林檎も東京事変も、歌詞に「歌舞伎町」「新宿」「後楽園」「銀座」なんて地名がいっぱい入ってるのが、また東京っぽい。

 

 

「♪終電で帰るってば 池袋~」

 

 

大阪に住んでるときは、東京の街の事をほとんど知らなかったし、歌詞を聞いていてもどんな街なのかいまいちピンと来てなかった。それどころか異国の遠い場所のような気がしていた。

 

でも今は分かる。

終電で帰ると言っている池袋がどんな街なのか。もしかしてそっから私鉄に乗り換え?とか。

「新宿は豪雨」うわー。人も多いし、その上豪雨とか最悪だろうなー、とか。

「JR新宿駅の東口を出たら」……アルタとかあるよな~、とか。

「銀座で警官ごっこ」コスプレパブ的な?とか。

 

いやー、分かるようになってきたんだなー、東京。

異国の街だと思っていた場所に、あたし住んでんだなー……なんて、なんだかしみじみしちゃった。

 

 

結局3時間歌って、あとの2時間はルーム内で仕事して、明けがた5時に店を出た。

うっすら明るくなりはじめた空の下を、心地よい疲労感と眠気でトボトボと歩く。

ヒンヤリとした朝の空気を吸う。

 

ああ、朝焼けがとっても綺麗……。

 

明日からもこの東京の街で頑張ろう、そう改めて決心できたヒトカラ明けの朝だった。