第25回 初めてのもんじゃ焼き


 

 

東京発祥のもんじゃ焼き。
ヤフーの知恵袋で「もんじゃ焼き」を調べてみたら、こんな質問が目立った。

「今まで生きてて、もんじゃ焼きを食べたことありますか」

「もんじゃ焼きって美味しいんですか」

「もんじゃ焼きの魅力を教えてください」

もんじゃ焼きという食べ物が美味しいものか……半信半疑な人は結構多かった。
かくいうあたしも「もんじゃ焼き」を食べたことがないし、果たしてそれがどんな味なのか、どうやって作るのか、どうやって食べたらいいのか、お好み焼きみたいに最後にソースをかけるのか、マヨネーズはかけるのか、そもそもいったい何でできているのか……さっぱり分からない。
関東ではメジャーな食べ物なのだろうが、大阪で生まれ大阪で育ったあたしにはまったく馴染みのない料理なのだ。

東京に来たからには一度は食べないと!と思っていた八月某日、東京人である友人のSさんから「今晩、もんじゃ食べに行こー!」とお誘いがあった。
その日は朝からずっと小説を書いていて、でも全然うまくいってなくて、正直ちょっぴし凹み気味で……はっきり言うと、こんな落ち込んでいる時に食べたことのない未知なる料理にチャレンジする気分ではなかったけど、これを逃したら一生食べる機会もないかもしれないと思い、行くことにした。

もんじゃ焼きと言えば月島らしい。月島は築地をもうちょっと東に行ったあたりで、あたしが住む高円寺の駅から電車で40分の距離だ。その日は朝に食パン食べただけだったので、お腹はペコペコ……。空腹で意識が飛びそうになりながら電車を乗り継いで待ち合わせ場所に向かう。

友人Sと合流したあたしは、月島の駅を出てすぐのところにある「もんじゃストリート」に向かう。商店街のような通りに所狭しと軒を連ねるお店は全部もんじゃ焼き屋さん。右も左ももんじゃしかなくて、フードテーマパークのような雰囲気だ。

Sさんのおススメだという「おしお」に入店。
賑やかな店内は8割ほどお客さんで埋まっていて、各テーブルごとに鉄板を囲み、わいわい楽しそうな雰囲気。しかしみんなが笑顔でつついている鉄板には……あの、べちょーっとした液体。

食欲、
半減。

お腹減ってたんだけどなぁ、不思議だなー。
下品な話、ゲ●焼きとか呼ばれてしまうもんじゃ焼き……やっぱり美味しそうに思えない。でもみんなビール片手に美味しそうにもんじゃを口に運んでいる。

さて、ここまで来たら引き返すこともできないので、もんじゃ焼きを頼むことに。メニューを広げ、とりあえず「おススメ」と書いてあったやつを注文してみた。
海鮮スペシャル1350円。明太子もちチーズ1250円。

むむう……思ったより高いぞ?

東京の子供たちは駄菓子屋で100円くらいのもんじゃ焼きをおやつ代わりに食べるとか言うのを聞いたことがあったのでもっと安価なものかと思っていた。さすがにココは大人の飲み屋だけど、まぁせいぜい大人価格で700円くらいのモノなのかと思っていた。

しばらくして、店員のお兄さんが注文品を運んできてくれる。お椀にてんこ盛のキャベツと具が、ドーン!
そうそう、そうなんだよな……。これが東京スタイル。
大阪のお好み焼き屋は注文したら焼き上がったやつが出てくるけど、東京は自分で焼かないといけない、と聞いたことある。
噂は真実だったようで、もんじゃももちろん自分で焼かないといけないらしい。(頼めば店員さんがやってくれるらしいけど)

作り方の分からないあたしはすべてをSさんに任せ、「海鮮スペシャル」のもんじゃ焼きの調理方法を観察する。大きめに切られたキャベツ投入後、調理用のへら(大)でキャベツを細かく刻む。鉄板から上がる湯気に額の汗をぬぐいながらキャベツを刻むSさん。ふと調理場の方を見ると、ホール担当の店員さんが三人ほど、暇なのかぼーっと突っ立って待機している。

……もんじゃ屋、なんだかあこぎな商売だ。
1350円もするのに、焼いてくれないしキャベツも細かく切ってくれてないし……。
これで商売が成り立つと思うなよー……。

そんな不満を募らせている間に、あたしの前の鉄板には、いわゆる土手みたいなものが築き上げられ、その中央に液体が投入され……気づけばぐっちょんぐっちょんのもんじゃ焼きが出来あがっていた。

つ、ついに……あたしが人生初のもんじゃ焼きを食べる瞬間がやってきた。
匂いは、たこ焼きとかお好み焼きと似てるけど……いったいどんな味?
ごくり……。

食べてみる。

あたし「…………。」
Sさん「美味しい?」
あたし「美味しいのかな?まずくはない。よく分からん」
Sさん「そんなもんだよー」

えっ!?……そんなもんなのか!?

「東京の人だって、めちゃくちゃもんじゃ食べたいーって来てる人は少ないよ。みんな『え、食べたことないの、じゃあ行く?』って感じだよ」
「……そんなもんなのですね」
どうやらあたしは不思議な文化食を食べているようだ。

小さなヘラでひたすらチビチビともんじゃを口に運んでいると、意外なことを発見した。
「コゲ」が美味い。
焼肉を焼いてる時だったらうっとおしいこの鉄板のコゲ。悔しいけど、この鉄板にこびり付いたおコゲをガリガリと剥がして食べるのが……んまい!ってか、ヘラで押さえつけてコゲを作るのがもんじゃの常識のようだ。
この鉄板、毎回ちゃんと綺麗に洗われているのかな……なんて心の片隅で思いながら、コゲを口に運ぶ。ねちゃっと香ばしい、初めての感じにちょっぴり病みつきになり、あたしはエビ、ホタテ、牡蠣などの豪華な海鮮に目もくれず、ひたすらコゲを食べ続けた。

「海鮮スペシャル」を平らげ、次は「明太もちチーズ」を焼くことになった。もんじゃ焼きを作ったという経歴が欲しかったあたしは自分から立候補して、見よう見まねで焼いてみる。Sさんがやっていたように、キャベツを刻み、炒め……熱い鉄板の上で汗だくになってもんじゃを焼く。
「初めてにしては上手じゃん」
最近、小説の執筆がスランプ中でうまくいっておらず、褒められるのが久しぶりなあたし。「初めてにしては上手いじゃん」という言葉が嬉しく、何度も反芻して、ああ今日はもんじゃに来てよかったなぁ、と痛感した。

土手を作って、チーズとか餅とか入れて、最後はぐちゃーって混ぜて。そしたら何となく、ひし形になったので北海道の形に整えてみた。
「なかなかのセンスだね」と言われ調子にのったあたしは、次はオーストラリアの形にでもしようと思ったけど、形が思い浮かばずに断念。
苦労の末に出来上がったもんじゃはなかなかのお味。チーズが鉄板にこびり付きやすいので、あたしはまたひたすらおコゲを剥がしまくって食べた。

最後のデザートに「あんこ巻き」というものを食べ、もんじゃ屋を出る。

静かになった商店街を歩く、
海に近いだけあって、潮のにおいがほのかに香る。
真っ黒な夜空に浮かぶ、満月が綺麗……。

――お父さん、お母さん、あたしもんじゃが焼けるようになったよ。

もんじゃを焼けたことで、東京で生きていく自信がちょっぴり沸いてきた。
頑張れあたし、またね、もんじゃ。