第35回 目指せ!皇居ラン(準備編)


 

 

 

「皇居ラン」

この言葉には、なんだか〝もんのすごいリア充〟な匂いが漂っている。

「昨日、皇居走ってきたんだけどー、すっごい人がいっぱいでー」そんなことをサラッと言うやつは何となく鼻につく。はいはい、東京オサレ生活自慢ねーと。

そんなあたしが、まさか皇居ランデビューするとは……。

 

 

東京はいまランニングブームである。

街を歩いているとサングラスを付けた寡黙なランナーに高確率で出会うし、東京マラソンなんて参加費一万円とられた上に街中を走るだけのイベントなのに、希望者殺到ですごい倍率らしい。

 

まあ、そんな健康趣向なブームとは、縁遠い生活をおくっていたあたし。

高尾山登山(第7~9回 東京登山部。を参照)の時にも書いたが、あたしの運動不足は相変わらずで、毎日の運動なんて、駅の階段を走って上がって駆け込み乗車するくらい。その上デスクワークが多いせいで腰痛に悩まされ、不健康街道まっしぐらである。

 

これじゃいかんよな…。

運動、しなきゃなぁ。

そんなことを頭の片隅に置きながらやってきた、2013年1月1日。元旦。

日本中の人たちが何か決意をしたり抱負を述べたりするこの日。そう、この日ならではの勢いで、一つ宣言をしてみた。

 

「今年は皇居ラン・デビューするーーー!」

 

ははは、皇居ランするやつなんて鼻につくと思っていたけど、結局のところ憧れておったのですよ、あたしも。

だって、なんか、カッコいいやないか皇居ラン。

リア充っぽいやないか、皇居ラン。

大阪の友達に、「あたし最近、皇居走っててさー」とか言ってみたいやないか!

 

 

ということで、さっそく皇居ランについて調べてみた。

皇居は一周5キロくらいあるらしく、東京のランナーたちの聖地のようだ。颯爽と走るベテランランナーたちの横で、デトデト靴を鳴らして走ってゼイゼイハアハア、バテバテでギブアップ…だなんて恰好がつかない。まずは皇居でデビューするためのトレーニングが必要だろう。

 

「近所、走るか……」

 

そんなあたしのボヤキを聞いていたのが、バイト先の同僚であり趣味はワンコとランニングというKさんである。Kさんがあたしにアドバイスをくれた。「初心者は距離やスピードよりも、時間だね!最初は10分、15分でいいから、ゆっくりと走ることから始めたら?」

 

 

ということで、その翌日の土曜、朝8時。

休みの日なのに鳴り響くアラーム音に心地よい睡眠を邪魔されて、早くも心が折れそうだったけど、この上ないランニング日和な晴天であったことと、週明けKさんに「ちゃんと走った?」と問い詰められることを考えて、渋々布団から脱出。

 

寝ぼけ眼で、ランニングするための運動着をタンスから出し……そこで、ばっちり目が覚めた。

……運動着なんて、ない!

そうそう自主的にスポーツなんてちっともしてこなかったあたしは、ジャージみたいな都合のいい物を持っていない。ちなみにこの日は真冬の1月だから、Tシャツ、短パンなんかで走るわけにはいかない。

結局、衣装ダンスの奥の方に眠っていた、黒のパーカーと、短パン(どれもスポーツ用ではない)を引っ張り出した。そして防寒用にタイツを装着し、首にタオルを巻いた。

もちろんランニングシューズなんて特化したものは持っていない。高尾山登山の時に買った、なんてことのない黒のナイキの運動靴を履いた。

 

Kさんのアドバイスに従い、ゆっくりと走ることを心がけ、家の前を出発した。

うん、なかなか順調な滑り出し。

雲一つない晴天。冬の空気は乾燥しているけど、冷たくて気持ちいい!

なーんだ、ランニングって結構いいもんじゃないか!

 

一戸建てが並ぶ閑静なエリアはどことなく地元大阪の風景に似ていて、あたしは走りながら小学生の頃のマラソン大会を思い出した。

学校近辺の公園や住宅エリアをぐるっと周るマラソンコース。マラソン前にあたしは、小学生にありがちな根も葉もない噂「ヒッヒッフーと呼吸すると息が苦しくないらしい」というのを小耳にはさみ、「妊婦もやるんだから一理ある」と信じてラマーズ法でマラソンを完走した。順位はまあまあだった。

せっかく思い出したので当時の呼吸法で走ってみた。

 

ヒッヒッフー、

ヒッヒッフー

お、楽かもしんない。

と思ったのは最初の三十秒だけだった。冷静に考えればそんなに楽ではないし、むしろ酸素過多でいつか倒れてしまいそうだ。小学生のあたしよ、よくこれで完走したものだ。すぐに普通の呼吸に変えた。あたしも大人になったのだ。

 

 

ちなみに今日はトレーニング初日と言うことで、コースは短めに設定した。マンションの前から東高円寺の駅に向かって南下し、蚕糸の森公園に着いたら折り返し戻って来よう、というコース。いったい何分かかるのか分かっていなかったのだが、気持ちよく走っていたおかげか、10分少々で蚕糸の森公園についた。

 

初めて訪れる錦糸公園は、背の高い木々が植わっていたり園の中心に川が流れていたりと、なかなかいい公園だ。広場で行われている太極拳やコントの練習を横目で見つつ、お散歩中のワンちゃんに絡まれないように注意しながら公園を走った。

 

公園の中や周辺はランナーが多い。若い学生さんから中年のおじさんまで、年齢性別はさまざまだけど、みんな「毎日走ってる」って感じ。軽やかな足取りでペースを保っている人もいれば、ものすごいスピードでストイックに走りこんでいる人もいる。そんなランナーたちと自分を比べて、なんだか恥ずかしくなった。

みんな、見るからにランナーなのだ。

……なにがって、走りっぷりよりアレだ、

服だ、服!

カラフルな色のウィンドブレーカー、マラソン選手が履いてるようなショートパンツ、サポーター機能付きであろうスパッツ。キャップ。サングラス。

コーディネートがザ・ランナーっていった感じ。

こちとら、中学生のころから愛用している黒のパーカーに、寝るときに履いてる短パンだ。

 

 

そこで知った、ランニングはシンプルでお金のかからないスポーツだと思っていたがそんなことはなかった。オサレなウエアを買わにゃできんスポーツだ!

皇居なんて、庶民の公園と違ってランナーの聖地だ。アディダスだったりナイキだったりの店のマネキンが着ているような最新モデルがゴロゴロいるのだろう。

 

白い目で見られないために、ウエアを買いにいかねば……。

皇居への道のりは……遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

目指せ!皇居ラン(準備編)

第34回 「どぜう」を食べに浅草へ


 

 

「ドジョウって、どぜうって書くんだよ、ど、ぜ、う。知ってる?」
なぜかこのセリフを、東京人は言いたがる。どぜう鍋、それは東京でしか食べれない食べ物。らしい。
そしてそのあと、必ずこう続ける。
「まぁ、そんなに美味しいもんじゃぁないけどね」
なんか、お勧めしてんのか、警告してのかよくわからない。

東京の数少ない郷土料理である「どぜう」、もちろん食べたことも見たこともない。
まぁ、美味しいもんではないのならわざわざ食べに行くこともないかな、と思っていたら、東京名物もんじゃ焼きに連れてってくれたSさんが(第25回 「初めてのもんじゃ焼き」を参照)、東京名物第二弾ということで、どぜうに連れて行ってくれると言いだした。
東京人のSさんは子供の頃にどぜうを食べたことが一度あるらしい。そしてやはりこれを言う。
「ま、そんなに美味しいもんじゃないよ」
「……うん、わかった」

平日の夜、浅草に集合することになった。むこうは仕事が忙しいらしく、8時半という割と遅めの時間に集合することに。
時間を持て余したあたしは、せっかくだから浅草をぶらりすることにした。
隅田川に架かる吾妻橋、大きな雷門、賑やかな仲見世……ノスタルジックな街並みを歩きながら、あたしは学生時代を思い出した。
実は、浅草は中学校の修学旅行で来たことがある。

東京方面の旅行で、一日目は班ごとに分かれて、自由に東京散策ということになっていた。
お洒落な子たちは原宿に、観光感を味わいたい子たちは東京タワーへと、各班散っていく。うちの班は「お台場ジョイポリス」→「浅草花やしき」と新旧二大テーマパーク巡りをすることになっていた。みんなに楽しんでもらおうと、あたしが企画・発案したのだ。

しかし、
あたしの班の構成員たちは今で言う草食系女子達ばかり。〝ぽわぽわ〟した彼女たちは、絶叫マシン…なんかとは無縁の人生を歩んできたらしく、ジョイポリスのごちゃごちゃした雰囲気にただ圧倒され(もちろんアトラクションには一つも乗らなかった)、花やしきのオンボロ遊具ですら「こういう無理やわぁ」と敬遠した。「せっかくの修学旅行やし楽しもうや!」と誘っても、とにかく遠慮しまくり。

そんな草食系女子たちが俄然として喜びだしたのが、雷門、仲見世、浅草寺だった。
雷門前で何かに憑かれたかのように何枚も写真を撮りだす彼女たち。「美味しそう!」と人形焼を食べ、「家族へのお土産に」とお煎餅を買い、「受験用に」とお守りを買い込み大喜び。固く閉ざされていた財布がカパカパと開きだした。
そんな様子を見ながらあたしは、彼女たちを絶叫マシンに乗せようとしたことを深く反省し、旅のプランナーとしてのむずかしさを痛感した。
浅草――そこには草食女子たちが興奮する何かがあるのだ。

そんなことを考えながら、浅草を一人歩いた。
夜の浅草寺はライトアップされて、なんかちょっと大人の雰囲気だ。視線を上げると、あの頃なかったスカイツリーが妖艶に光り輝いているのが見える。
――遠い旅行地だと思っていたこの場所、まさか仕事帰りにふらっと来れるようになったなんて……そんなことをしみじみと考えながら、浅草寺の周りを散歩した。

それでも時間を持て余してしまったあたしは、隅田川の近くのカフェで、本を読みつつ時間を潰していた。もうすぐ、約束の20時半……。いい加減、お腹がすいた。空腹で読書に集中できなくなってきたその時、私の携帯にメールが入った。Sさんからだ。
「ごめん、20分、遅れます」

……うぅぅ、マジですか。
もう一杯コーヒーを頼もうか迷っていると、またあたしの携帯にメールが届いた。

「ラストオーダーが21時なので、先に店に行って注文しといてくれない?」

……は、はい?
添付されているお店の情報を見て地図アプリを立ち上げる。
結構遠いやないかい。
ラストオーダーの21時まであと20分ほど。ここから迷わずいけば15分くらいか。
ギリギリやん?
あたしは急いで身支度を整えカフェを出た。そして、ヒールの靴で走った。
カツカツ、カツカツ、
走りながらアイフォンを取り出し、浅草に他のどぜう店が無いのかをを調べる。もう少し遅くまでやっているお店があれば、そっちに行けばいい……しかし、どぜうのお店は浅草に2件しかない!?しかも、両店共に閉店が早い!
浅草の名物料理なのに、たったの二件?ありえない!餃子の街・宇都宮なんて駅を出たら「餃子」「餃子」「餃子」で、餃子の押し売りが甚だしかったのにぃ!
怒りを発散させるようにさらに速度を上げ、ヒールの靴を鳴らしながら浅草の街を走った。
カッカッ、カッカッ、
草食女子達が興奮していた仲見世を横切り、レトロすぎる遊園地「花やしき」の前をダッシュで通り過ぎる。思い出の地を、全力で走ることになるとは……。

20時50分、目的のお店「どぜう飯田屋」に到着した。
ラストオーダーの10分前……ギリギリセーフ……?
ハァハァ……息を整えながらお店に近付くが……なんか嫌な予感。店の看板の明かりが消えている。
恐る恐る引き戸を開け店内に入ると、閉店の準備をしている中年女性の店員さんが、あらまぁという顔でこちらを見た。「すみません、もう終わっちゃいましたー」

やはり、そうですか……。

怒り……よりも疲労感が勝った。
なんだか全身が重い……。
入店できなかったことをSさんに電話し、結局その日は「電気ブラン」で有名な「神谷バー」に集合することになった。来た道をとぼとぼと引き返す。……なんだかなぁ。
(ちなみに「神谷バー」は江戸っ子のおじさんたちが陽気に酔っぱらってて、面白い雰囲気のお店でした。電気ブランは、かなり度数の強いお酒で一緒に注文したビールが水のように感ました)

「こないだはゴメン」と謝るSさんと共に、どぜうリベンジをすることになった。
今度は早めに集合したので「どぜう飯田屋」に入店することができた。
さっそく東京名物の、どぜう鍋、柳川鍋(どぜう鍋を卵でとじたやつ)、どぜうの唐揚げなどを注文する。

前回、苦労の末に食べれなかった「どぜう鍋」。
待ちに待った「どぜう鍋」。
期待は最高潮に。「お待たせしましたー」と運ばれてきたお鍋を覗いた。

……え、

なんか気持ち悪い。

小さな鍋いっぱいに敷き詰められた、ぬるっと光った胴長の生き物……。こ、これがドジョウ……。
甘辛い匂いの割下は食欲を誘ってくれるのだが、見た目がグロくて直視できない……。ぴょんと出ているドジョウの手(ひれ)。うっ……。
やばい、コレ食べんのか?ドジョウさんが見えないように白ネギをたっぷり上に乗せ隠す。

ぐつぐつと煮えたぎるドジョウさん……。そろそろ食べごろなのだろう。
Sさんが先に食べ、安全なのを見届けてから、あたしも挑戦することにした。
あんまり観察すると食べれなくなるので、素早く箸を動かし口に運ぶ。

…………。

あたしは勘違いしていたようだ。
ドジョウってやつは、なんとなくのイメージで、うなぎ、アナゴと似たようなものだと思っていた。
違った。
全然違った。
この味は……うなぎでもアナゴでも魚でもない……強いて表現するならどろの味……か。
その後、あたしたちのテーブルには、柳川鍋や、どぜうの唐揚げやらが運ばれてきたが、一向にテンションは上がらなかった。黙々と端だけを動かす。

「なんか、そんなに美味しいものじゃないね」

そう言ってから、ハッとした。結局あたし、みんなと同じ感想を言っている。
この夜、一番おいしかったのは、最後にシメで頂いたうなぎのお茶漬けだった。

ドジョウは栄養価が高いらしいが、一度経験したら、まぁいいかなと言った感じ。リピートはしないだろう。
ああそうか、どぜう鍋屋さんが浅草に二件しかない理由はそうなのか。
たぶん二件くらいがちょうどいいんだろうなぁ。

第33回 代官山のツタヤはすごい


 

全国どこにでもある本屋&レンタルショップ。

青字に黄文字の看板と言えば……そうお馴染みの〝TSUTAYA〟

シャム双生児のように顔が並んだシンボルマークは、よく見ると相当怖いのだけれど、本&映画&音楽好きの人にとってはなくてはならないエンタメスポットである。

 

 

「代官山のツタヤは、そんじょそこらのツタヤとは違う」

 

と誰かが言っていた。

いやいや、違うっつってもツタヤは所詮ツタヤでしょ……と舐めてかかっていたのだが、近くまで来たついでに寄ってみたそこは、確かにそんじょそこらのツタヤとは全然違って、ちょっと感動だった。

かなり気に入ったあたしは、先日また、休みの午後のぽっかり空いた時間を使って行ってきた。

 

 

さて出掛ける前に……。

恒例となりつつある、〝服選び〟だ。

過去、青山系ファッション、巣鴨系ファッションに散々迷ったあたし。今度は代官山にふさわしい服を選ぶべくクローゼットを開けた。街行く人たちはみんなどんな格好をしてたっけ……と何度か行ったことのある代官山を思い出す。

 

代官山の人たちは……そう、カジュアルな服を着ている人が多い(それも高級な方の)。

帽子、シャツ、セーター、……そんなイメージ(ただし高級な方の)。

髪の毛は、ツヤツヤのストレートの人が多い(これ偏見)。

あと……そうそう、前回訪問した時にビックリしたことがある。

それは〝生足〟ガールの多さ。

11月の寒い日だったのであたしは防寒バッチリに黒タイツを履いていったのだけど、代官山女子たちのショートパンツやスカートから伸びるおみ足は……生足だった!

そう言えばピーコさんが言っていたっけ、「お洒落は我慢」だと。うん、じゃあ、あたしも頑張るか……と、衣装ケースからショートパンツを取り出し、タイツを履かずに足を通す。

 

 

……。

 

 

寒っ。

 

 

無理。普通に無理。

 

 

2月の生足、それは自殺行為。部屋の中でも堪えられないのに、外に出るなんてありえない。だいいち、真冬に生足とか……見た目がアホ?

寒々し過ぎて、周りの方々のご迷惑になる。

こないだ見た生足ガールたちはベージュのタイツを履いていたんだ、そう自分に言い聞かせ、100デニールの黒タイツを履き、代官山へ向かった。

 

 

代官山は、なんか雰囲気が代官山だ。

他の街にはない、独特の空気や色合いがある。

どこが他の街と違うのか、そんなことを気にしながら歩いてみて分かったことは、代官山のショップの8割はコンクリートの打ちっぱなしで、全面ガラス張りだということ。

三方向がガラス張りの壁になってたりして、とにかく丸見え。壁や柱がないのだけど、構造上大丈夫なんだろうか?こないだのロシアみたいに隕石が落ちて着たら、えらいこっちゃ、衝撃波でガラスが木端微塵、代官山の被害は相当だろう。

 

そんなありもしない想像をしながらショップを覗き、すれ違う代官山女子達の脚元がタイツであることに安堵しつつ、テクテク歩いていると目的地である代官山ツタヤに到着した。

 

 

やっぱりここは、そんじょそこらのツタヤとは違うくて、すごい。

御存じの無い方に説明すると……代官山ツタヤは、Tサイトという大きな公園のような商業施設の中にある。

このTサイトという施設自体が楽しい!大きな木が植えられてて、お散歩してるだけで気持ちいい。点在するお洒落なお店(もちろんガラス張り)はレストランだったり自転車屋さんだったり文房具店だったり。ドッグラン付きのペットショップでは犬の美容院も併設されていて、チリチリの毛のワンちゃんたちが、トリマーたちにチョキチョキされているのをガラス越しで見ることができる。さすが代官山というべきか、ワンちゃんたちはみんな大人しくて、品がいい!

 

さてそんな素敵な施設の中にあるツタヤ。それはもう洗練されまくっている。

巨大なBOOKコーナー、レンタル映画コーナー、音楽コーナー、あと高級文具コーナー。

とにかく店内はお洒落で広い。

本が間接照明に照らされてるし、そこらじゅうに本を読むためのお洒落な椅子が置いてあるし(未購入の本も読んでいいらしい)、一階にスタバがあって、みんなコーヒーを片手に本選びを楽しんだり、音楽を視聴したりしている。Macを持ち込み仕事している人もいれば、参考書を広げ勉強中の学生さん、あと、こんなところで堂々と英会話のレッスンをしている日本人と外人の2人組もいた。

 

 

ここの本屋は、お洒落な本しか置いていない。パッと表紙を見て、カワイイ!面白そう!と手に取ってしまう本ばっかりだ。だからつい長居をしてしまう。

そんな中に……はたして……あるのだろうか、

……あたしの本。

一応、小説を書いている身なので、自分が書いた本が置いてあるのかは気になるところ。広い店内を探す、探す、探す……。

 

……うん、なかった。

 

まずもって、文庫のコーナーが棚二枚分しかない。本棚を占領しているのは日本の文豪・夏目漱石や森鴎外、あとは人気作家の宮部みゆき先生や東野圭吾先生の本。ま、ここに並ぶのはおこがましいわなぁ。

 

店内はそれぞれコーナーごとにフェアがされてて、こないだ来たときはやたらキノコ押しだったのを覚えている。キノコ図鑑、キノコのイラスト集。その横には何故かものすごく可愛い表紙のフェアリー(妖精)図鑑。……なんだか分かるような分からなようなくくりで、その台は盛り付けられていた。

今回はGWに向けた旅行のフェアや、鉄道コーナー本を集めたコーナーが大展開。

本を眺めつつ、もうすぐ春なのだな、とウキウキする。

 

そんな中、見についたのはパンケーキのコーナー。

東京はいま空前のパンケーキブームだ。

パンケーキの専門店が増え、各地で行列が出来ているというのを耳にする。パンケーキ屋さんの情報を集めたグルメ本、パンケーキを家で作るためのレシピ本。パンケーキだけでこんな種類の本があるなんてびっくり。

 

そう言えば数日前に、友人Mさんに「パンケーキとホットケーキって一緒でしょ?」と聞かれ、「全然違うって!」と豪語したのを思い出した。

「ホットケーキは甘いやつ、パンケーキはそんなに甘くない感じのやつ」そう自信満々に言ったあたし。「全然違う」と言い張ったわりに説得力のない主張だったけど、きっと私の知らないなにか根本的な違いがあるはずだ!

あたしは「パンケーキとホットケーキ」というレシピ本手に取った。パラパラとめくってみる。

『第一章 基本のパンケーキとホットケーキの作り方』

……ふむふむ。基本をね、基本を教えてちょうだいよ。材料の欄に目を落とす。

 

「違いはココだけ!」と大きく囲まれた箇所に注目……。

 

パンケーキ 小麦粉180g 卵1個

ホットケーキ 小麦粉140g 卵2個

 

 

……え、

違いはココだけ???

パンケーキの方がちょっと粉っぽいってこと?……そ、それだけ??

 

……Mさん、すみませんでした。パンケーキとホットケーキにそんなに違いはありません。

 

 

そのあと、実用書コーナーで見つけた、ゾンビになった時のハウトゥー本に興味を引かれたあたしは、どの家が侵入しやすいか、集団で人間を襲うにはどういうチームプレーが必要か、などを学び、なんだかどっと疲れたので、二階にあるバー・ラウンジに足を向けた。

 

2階のラウンジ!

ここがまた、いい感じなのだ。

ソファ席がゆったりしていて、照明が薄暗く落ち着いた雰囲気。隅にグラウンドピアノなんかが置いてあってなんだか素敵。前回来た時、ここでお茶したいなぁと思っていたので、今回こそはと行ってみた。

しかし、値段を見てビックリ。

カプチーノ900円……ですか。

大阪人としては、つい口にしてしまうこのセリフ……え、えらい場所代、高いなぁ。

 

かなりのオサレ価格に圧倒されたあたしは、結局1階のブックコーナーで「美味しいコーヒーを自宅で淹れる本」の本を1300円で購入して帰った。

 

家で、安くて美味しいコーヒーを飲みながら、マンガでも読むかー。

 

第32回 東京、電車あれこれ


 

 

 

先日、食事に誘われ仕事終わりに「池ノ上駅」まで行くことになった。

「池ノ上駅」は京王井の頭線、下北沢のひとつ前の駅……らしい。

東京人である同僚に聞くと「池ノ上?そんな駅ある?」と言われるくらいの知名度の駅で、〝隠れた名店〟に連れてってもらえるとのことだったが、池ノ上駅がまず〝隠れた名駅〟のようだ。

……ひとりで電車を乗り継いで、はたしてたどり着くのだろうか。難易度高そう。そもそも井の頭線って乗ったことないし。

 

以前の記事、「第5回&第6回 うまく電車に乗れない」でも書いたが、東京の電車ってやつはホントややこしい。

上京直後、ジョルダンのサービス〝乗換案内〟先生には随分助けられたあたしだが、一年半経った今でも彼に大変お世話になっている。

瞬時に乗換方法を教えてくれる頭の回転が速いカレ。ぐいぐいとあたしを引っ張って行ってくれる頼もしいカレ。そんなカレとともに東京生活は成り立ってきたといっても過言ではない。

 

さて今日も乗換案内先生に目的地まで誘導してもらうために、アイフォンの画面を優しくひと撫で。出発駅「赤羽橋」到着駅「池ノ上」と入力すると、頭脳明晰なカレはすぐに乗換順を教えてくれた。

 

『赤羽橋(大江戸線)→青山一丁目(銀座線)→渋谷(井の頭線)→池ノ上』

 

ふむふむ、まずはアオイチで乗換ね。あ、ちなみにアオイチって青山一丁目のことね。東京に慣れてきて、覚えたての略語とか使ってみたい頃です。

アオイチは何度か利用したことのある駅だし、メトロへの乗換も経験済み。銀座線と半蔵門線があるから間違えないようにしなくちゃ……

 

……と、そこでふと思った。

わざわざ乗換口の遠い銀座線に乗らんくても、半蔵門線でも渋谷に行けるんちゃう? しかも銀座線やったら渋谷まで3駅、半蔵門線は2駅、こっちのほうが早く着くし……。

そう。東京の電車事情が少しずつ分かってきたあたしは、乗換案内先生の教えにアレンジを加えてみたのだ。

 

このアレンジが命取りとなった。調子に乗るんじゃなかった、と反省したのは半蔵門線に揺られ渋谷駅に着いた後だ。

半蔵門線渋谷駅から井の頭線への乗換は……

めっっっちゃ……遠ぉっかった!15分もかかった!(乗換案内先生の言うことを聞いて銀座線を利用していれば、井の頭線に直結で、わりとすんなり乗換が出来たらしい)

しかも、井の頭線の改札の場所が分からなくて、あたしは渋谷をさまよい歩いた。

井の頭線渋谷駅は、マークシティという大きな商業ビルの2階に改札がある。

駅がビルの2階に入ってるなんて、近未来かっ!分からんわっ!

しかも「井の頭線はこのビルの中⇒」と書いてくれてたらいいのに、美観の問題なのか(ただあたしが見落としていただけなのか)どこにも井の頭線アピールがないのだ。

おかげでマークシティの外のエスカレーターの前で、3分ほど焦った顔でキョロキョロウロウロし、東京初心者全開のオーラを出してしまった。

 

今度からは〝乗換案内〟先生の教えには素直に従おうと思う。

 

 

地下鉄の話が出たので、ついでにこの話もしよう。

前からずっと心に秘めて思っていたことだが、今日は声を大にして言いたい。

東京の地下鉄のラインカラー……アレ、なんか変じゃない?!

 

赤=丸の内線は分かる。

緑=千代田線も分かる。

グレー=日比谷線も許そう。

 

腑に落ちないのは〝青〟だ。何故か微妙な色合いで3種類ある。

一番はっきりした青らしい青は三田線。

それよりちょっとうすい青、それは東西線。

そして、青に少し緑が加わった(エメラルドグリーン?)が南北線緑。

あまりにも微妙な発色すぎて、並べてみないと違いが分からない。

こうならざるを得ない理由はなんとなくは分かってる。東京は路線数が多いから赤、青、緑…では収まりきらなかったのだ。だから微妙な混合色を出さざるを得なかった。それは分かる。

 

でも……いまだに悩ましいのは……有楽町線だ。

あれはいったい何色?

ベージュ?はたまた黄土色?

 

あたしは最初、有楽町線は黄色なんだと思っていた。黄色のラインカラーの地下鉄は他にないし、黄色だと思って疑わなかった。案内板の色が黄色でなくくすんで黄土色に見えるのは、長年使用の劣化が原因なんだと、そう思っていた。

 

こうやって書いていると、どんどんモヤモヤが膨らんできたので、先ほどウキペディアで有楽町線のラインカラーが何色なのかを調べたら……

な、なんと!まさかの〝ゴールド〟……?!

はいー?なんか、生意気―?

キンキンピカピカしてないのに、金だと主張するのは分不相応じゃないか、なんとなく納得がいかない。

そんな不満を感じつつ、ふと思った。

有楽町線がゴールドってことは、まさか……。リサーチを続けると、嫌な予感は的中した。グレーだと思っていた日比谷線……あいつは〝シルバー〟だった!

ほんと東京ってトコは!!見栄っ張りか!!

 

 

 

最後にちょっとだけ大阪の電車の話もしよう。

 

大阪人のあたしが東京の電車についてあれこれ思うように、東京人も大阪の電車についてあれこれ思っているらしい。東京人の友達Kがこんなことを言いだした。

 

「こないだ旅行で大阪に行ったんだけど、環状線って回ってないんだね!」

 

へ?と一瞬思ったが、確かにそうなのだ。

東京の山手線は確かにぐるぐるひたすら回っているけど、大阪の環状線には気付かぬうちにピャーと奈良とか和歌山に行ってしまうやつがいるのだ。(もちろんグルグル周り続けてる電車もいるのだけど)

あと、環状線には〝快速〟がある。

オレンジ色の車体に乗ればチマチマ各駅停車するはずだけど、ちょっと早そうな顔のやつは要注意!京橋とか天王寺とかの主要駅にしか止まらないやつだ。そして気を許してのんびりしていると、奈良とか和歌山にピャーと行ってしまう。

 

乗り慣れてわかりやすいと思っていた大阪の電車も、他の地域の人からすると難しいものなのだな、と思った瞬間だった。

 

第31回 巣鴨系になるのか?あたし


 

 

 

巣鴨は、〝おばあちゃんの原宿〟と言わている。

 

行ったことがないのでどんなところか分からない。でもきっと長閑な下町なんだろうというイメージだ。古い町屋が並んでいて、どことなくお線香の香りが漂っていて、団子が売っていて。あ、そうそう、京都みたいな。

いや、京都ほど華やかじゃなさそうだ、奈良みたいな感じかな?

ほんでシカの代わりにカモがいるんだろう、巣鴨だからな。カモ煎餅とかあって、それ買ったら野生のカモの襲撃にあって「カモ、マジ、コワイ」なんて言ったりするんだろう。

 

まあ、そんな妄想はいくらでも膨らむけど、それだけじゃもったいないので、実際に行ってみることにした。

 

 

正月ボケがまだ続くある一月の日曜日の昼下がり。その日は雲一つないいい天気で、絶好のお出かけ日和だった。こんな日に巣鴨に行かずしていつ行くんだ、そう思ったあたしは早速、巣鴨に行くための準備を始めた。

 

先日、青山ファッションで散々迷ったあたし(「第29回青山に着て行く服で迷う」を参照)。今回は巣鴨系なファッションをチョイスしないといけない。街に馴染んでいない格好をして、すれ違う人たちに含み笑いをされるのは嫌だ。

クローゼットを開け、巣鴨系の服を探す。

 

5秒で気づいた。

 

……おばあちゃんっぽい服なんて持ってないしっ!!!

 

そりゃそうだ。一応あたしも20代女子。お洒落に気を使う年頃の娘なのです。おばあちゃんみたいな服は持ってません。

あ、でも、高齢者ウケの良かった服なら持っているぞ。大阪にいるとき、ご近所のオバチャンに「あら直ちゃん、その似合うわねぇ」と褒めてもらったピンクのジャンバー。うん、オバチャンに褒めてもらったから間違いないだろう。

そのジャンバーを羽織り、巣鴨に向かった。

 

 

「巣鴨」駅は山手線で池袋を行き過ぎたところにある。

奈良のシカのいるような風景を想像していたあたしは、駅前の近代さびっくりした。

改札出たところには「アトレヴィ巣鴨」という大きくて綺麗な商業施設がデーンと建っていて、お洒落なカフェや惣菜店が入っている。駅前の道路も広くて整備されている。

……なーんや、こんなもんかー。

確かに高齢者の割合は多いかもしれないけど、全然巣鴨っぽくないし他の街と変わんない。

でもまあせっかく来たから、と駅前をプラプラした。

 

今日は天気がいいとはいえ、風が強い。使い捨てカイロでも買って早めの寒さ対策を、と駅前の百均「シルク」に入った。

そこであたしはこの街の特殊さ気づき、圧倒された。

入ってすぐの棚にずらっと並んでいる商品は、

 

大人用尿取りパッド。

大人用身体拭き。

大人用おしりふき。

 

まさか、こ、こんなところに地域性がっ!?

百円均一でこんなに介護用品が並んでいるのは初めてだった。サポーターやプロティクターなんかもかなり充実している。やっぱり、高齢者の街だけあって売れ筋なんだろうか……。目から鱗だ。

 

目的のカイロを買いシルクを出たあたしは、すぐ隣のマクドナルドのお客さんの半数が、プレミアムローストコーヒーを片手にお茶を楽しむおばあちゃんたちなのにビックリしつつ、さらに巣鴨の奥地へ進んでいく。

かの有名な「巣鴨地蔵通り商店街」に入る。

この商店街は駅前に比べ、ぐっと巣鴨っぽい。おまんじゅう屋さん、お煎餅屋さん、お茶屋さん。仲良さそうな年配夫婦や買い物を楽しむおばさん軍団たちが、みんなそれぞれの歩調で楽しそうに街をお散歩している。

 

あたしは初めてモンペが売られているのを見た(1950円)。おじいちゃんおばあちゃんが使うステッキ(1050円)はよーく見てみると、男性ものは無地で渋く、女性ものは桜柄がプリントしてあったりして結構華やかである。

軒を連ねるお店を眺めながら商店街を進んで行くと、大きい山門が見えてきた。〝高岩寺〟である。

 

そうそう、巣鴨と言えば高岩寺の「とげぬき地蔵」が有名だ。ピンセットを持っているお地蔵さんなのか(たぶん、違う)とその姿を一目見て見たかったのだが、なんと、とげぬき地蔵は秘仏で公開されていないらしい……うーん、残念。

高岩寺の山門をくぐるとお線香の煙を浴びる香炉がある。身体の気になる部分に煙を浴びると健康になるという、浅草寺とかにもあるやつだ。六十代くらいのおっちゃんが、腹部に必死に煙を擦り込んでいたのがとても印象的だった。

 

 

事前情報で、巣鴨には赤色のパンツを専門的に売っているランジェリーショップがあると聞いていた。

お年頃のあたし。赤いセクシーなパンツの一枚や二枚、持っておいてもいいかもしれないし、気に入るデザインがあれば買ってみようかなー、なんて思っていた。

そして高岩寺を出て少し行ったところに、それらしきお店を発見した。

 

……まさか、ここか?

お店の前で固まるあたし。

 

ランジェリーじゃねぇ、パンツ屋だ。赤パンツ屋だ。

そこは、セクシーな要素一切なしの、伸縮性抜群、お腹まですっぽりで冷え知らず!の赤い綿パンツのお店だった。どうやら、赤いパンツをはいていると幸福が訪れるという開運下着らしい。ちなみに売れ筋ナンバーワンは、今年の干支「へび」がワンポイントで刺繍された開運パンツ!

むむう。

健康運は上がるんだろうが、男運は下がるんだろうな……。結局一枚も手が出せずに、お店を後にした。

 

 

「巣鴨地蔵通り商店街」は見所満載で思ったよりも長い。

それなりに疲れてきたので、足を休めるためにコーヒーを飲むことにした。でもこんな所にスタバなんかはなく、あたしが入ったのはいわゆる昭和喫茶店。店内の年齢層は高く、みんなオーバー60といったところか。

声をひそめ話、静かに笑い、優雅にコーヒーを飲んでいる巣鴨系(?)のおばさま達。

 

あたしはそこではたと気づいた。東京と大阪の違いを。

 

東京のお年寄りはとても上品である。

おばあちゃんと呼ばれる人もおばちゃんと呼ばれる人も、みんな品がよく、おしとやかだ。

喫茶店では静かにコーヒーを飲み、買い物中もみんな慎ましく大人しい。黙々と自分に合うものを選んでいる。

 

片や大阪のオバチャンたちの我の強さは半端ない。喫茶店に入ろうもんなら周りにも聞こえる大声でペチャクチャ話し、街では「あんた、あんたコッチよぉ!はよおいで!」と叫ぶ。割り込み、上等!値切り、常識!それが大阪のオバチャン。

 

途中から気付いてはいたのだが……今日あたしが選びに選んで着た、派手なピンクのジャンバー……巣鴨の街では浮いていた。

大阪のオバチャンにはウケる原色系のハデさは、巣鴨では異色の存在なのだ。

巣鴨で主流のカラーは、黒・茶色・ワインレッド・暗めの緑の四色。個性なんていらない。飛び抜けたものなんていらない。慎ましく上品で、そして温かければなお良い。それが巣鴨系ファッションだった。

 

 

そんな控えめなおばさま方を背にコーヒーを飲みながら、ふと真面目に将来の事なんかを考えた。

このまま東京で一生を過ごし年老いていくとなると、あたしはいったいどちらのおばちゃんになるのだろう?

派手もん好きの大阪のオバチャン?それともお上品な巣鴨系?

ううーん……。

そんなことを考えながら飲んだ巣鴨のコーヒーは……

とーても美味しかった。

 

第30回 続・ほうげんの戦い


 

 

エッセイも気づけば第30回である。
長くお付き合いいただいている皆さま、いつもありがとうございます。
そして気づけば2013年に突入しておりますが、今年もこのエッセイ「東京、アホちゃうか~」と、上京して一年半まだまだ東京初心者・十時直子をどうぞよろしくお願いします。
東京の街で道に迷ってるあたしを見つけたら、どうぞ優しくご道案内していただければと思います。

「続・ほうげんの戦い」とタイトルを付けた今回のエッセイは、過去の記事で大変人気があった「第13回ほうげんの戦い」の続編で、上京して一年半の経過報告である。

まぁ、今までの経過をざっとおさらいしてみよう。

上京してすぐ頃(プロローグ・上京物語を参照)、街から否応なく聞こえてくる「ってか普通じゃん?」「だよねー」などの聞き慣れない言葉にビクビクしていたあたし。東京弁を耳にするたびに、ああここは東京なんだな、あたし上京したんだな、と感慨深くなりながら毎日を過ごしていた。

そして上京9ヶ月が経った頃(第13回ほうげんの戦いを参照)。東京生活に慣れてきたあたしは、すまし顔で東京弁を喋るべく努力したが、アクセント問題だけがどうもクリアできず悩む。東京弁を喋ろうとしたり大阪弁を喋ったりしているうちに、方言は制御不能に交じり合い、何弁が出てくるのか分からないというハラハラの毎日を送っていた。

そして、上京から早くも1年半――現在である。

「え、十時さんって大阪出身なんですか?大阪弁出ないですね」

最近初対面の人に、そんなことを言われることが多くなってきた。
自覚はないのだが、あたしの東京弁はどうやらめきめきと上達していて、苦戦していたアクセント問題も違和感なくクリアできているようだ。
「なんか、見た目も大阪っぽく見えないですよねー」
「そんなことないですよぉ。中身はコテコテの大阪人ですよぉ」
なんて言いつつも、心の中では、へっへーん、どんなもんじゃ。もっと言って。とほくそ笑んでいる。

最初の頃は東京弁を使わなきゃとか気を張っていたけど、最近ではもう意識することもなく、ごく自然に、ネイティブに喋れるようになった。
1年半も経つとやっぱり東京に染まっちゃうじゃん?ほらほら「じゃん」だってうまく使える。

それもこれも、東京でできた東京弁を喋るお友達のおかげだな、と思う。
言葉っていうのはやっぱうつる。
うちはお婆ちゃんが博多に住んでいて学生の頃よく遊びに行っていたのだが、一週間も滞在すると「博多弁なんて喋っとらんとよー」なんて具合にやっぱり博多弁はうつっていた。

実はうつっているのは方言だけじゃない。
ギャルっぽい子と遊んでいると、言葉はギャルっぽくなるし、
男の子っぽい子とご飯食べていると、喋る内容までサバサバしてくるし、
お嬢様っぽい子と談笑していると、つい口に片手を添えて笑っている。
つまり、あたし……意外に柔軟?!どんな人とでも合わせられる擬態動物なのだ。やるな、あたし。流されやすいだけでしょ、とかお願い言わないで。

しかし、どうも仲良くなりすぎると……大阪弁が混じってしまうようだ。
仲良くなって気を許した相手だとリラックスモードになってしまい、ここが東京だとか大阪だとか関係なくなってくるわけだ。なんだかんだゆっても心は大阪人なわけやし、しょうがないじゃん?ってな感じに。
気持ち悪って言われそうだが……この中途半端な方言が聞けたら、仲良くなった証拠ということにしておきたい。

心配していたのは大阪弁との使い分けである。
大阪に帰って東京弁を喋っていると「あいつ東京に魂売った」とか言われ、間違いなくボコボコにされる。
年末年始は故郷である大阪に帰った。久しぶりに家族に会い、そして古くからの友人達と会うのだが、ちゃんと100パーセント大阪弁で喋れるかなぁ、と出発前は気をもんでいた。

大阪梅田のお店で、久々に会った友人とお互いの近況なんかを報告する。
自然と繰り出されるボケにツッコミ、そしてツッコまれ……楽しく喋っていたのだが、意識しないうちに東京弁がちょいちょい出てるのかも、と気になったので思い切って聞いてみた。

「なぁなぁ、あたし、ちゃんと大阪弁喋れてる?」
「……うん?喋れてるんちゃう?」
……ふぅ、良かったぁ。
違和感なく大阪弁に戻れているらしい。まぁ元々「じゃりン子チエ」のようなアクの強い大阪弁は使っていないのだが「大阪のあたし」に戻れているようだ。一安心して会話の続きを楽しんだ。

ということで結論。
上京一年半経過し、あたしは三つの方言スイッチを手に入れた。
① 東京弁
② 大阪弁
③ 二都市ミックス弁

ん?ネーミングがお弁当の種類のようになってしまった。二都市ミックス弁がうまそう。
まぁ上京した時の目標のひとつ「違和感なく関西弁と関東弁を使い分けること」というのは達成できつつあるということだ。今後も何か変化があれば、報告したいと思う。

そういえば最近、高校のクラスメイトA(もちろん大阪人)が3つ隣の駅、西荻窪に引っ越ししてきたことをフェイスブックで知った。近所なんだし高円寺で飲もう、おすすめのお店連れて行くし!とご飯に誘った。
待ち合わせの場所に向かいつつ、ふと心配になる。
Aは高校卒業後すぐに東京に引っ越したので、会うのは十年ぶりくらいなる。十年も東京生活を送っているAは、もしかしたらこちらに染まりきっていてガチ東京弁かもしれない。大阪弁で話しかけて、ガチ東京弁で返事されたら……ど、どうしよ。
私の方言スイッチはどう機能させれば?
東京弁からの大阪弁か?
それともミックス弁か?

どきどきしつつ待ち合わせ場所に行くと、
「ととちゃん、変わってへんなぁ~」
と大阪弁で話しかけられた。
考え過ぎだったかぁと安堵し、おススメの高円寺の沖縄料理屋さんに連れて行く。東京だけど大阪に戻ったような気分になり、昔話に花を咲かせ、そして大阪のノリで持ちネタの面白い話を披露した。すると、キュートな笑顔でAは言った。

「ウケる~」

……っ!!!(絶句)

……ウケる、は無理っ!
大阪弁の会話の中に紛れた「ウケる~」はそれはもう凄まじい破壊力だ。東京弁を使いこなせるようになったあたしでも、ウケるだけはまだ言えない。そこは「めっちゃオモロイやんっ!」って言わなっ!
Aはすっかり東京に染まりきってしまったようだ……。
あたしもいずれ「ウケる」を言うようになるんだろうか……。