第34回 「どぜう」を食べに浅草へ


 

 

「ドジョウって、どぜうって書くんだよ、ど、ぜ、う。知ってる?」
なぜかこのセリフを、東京人は言いたがる。どぜう鍋、それは東京でしか食べれない食べ物。らしい。
そしてそのあと、必ずこう続ける。
「まぁ、そんなに美味しいもんじゃぁないけどね」
なんか、お勧めしてんのか、警告してのかよくわからない。

東京の数少ない郷土料理である「どぜう」、もちろん食べたことも見たこともない。
まぁ、美味しいもんではないのならわざわざ食べに行くこともないかな、と思っていたら、東京名物もんじゃ焼きに連れてってくれたSさんが(第25回 「初めてのもんじゃ焼き」を参照)、東京名物第二弾ということで、どぜうに連れて行ってくれると言いだした。
東京人のSさんは子供の頃にどぜうを食べたことが一度あるらしい。そしてやはりこれを言う。
「ま、そんなに美味しいもんじゃないよ」
「……うん、わかった」

平日の夜、浅草に集合することになった。むこうは仕事が忙しいらしく、8時半という割と遅めの時間に集合することに。
時間を持て余したあたしは、せっかくだから浅草をぶらりすることにした。
隅田川に架かる吾妻橋、大きな雷門、賑やかな仲見世……ノスタルジックな街並みを歩きながら、あたしは学生時代を思い出した。
実は、浅草は中学校の修学旅行で来たことがある。

東京方面の旅行で、一日目は班ごとに分かれて、自由に東京散策ということになっていた。
お洒落な子たちは原宿に、観光感を味わいたい子たちは東京タワーへと、各班散っていく。うちの班は「お台場ジョイポリス」→「浅草花やしき」と新旧二大テーマパーク巡りをすることになっていた。みんなに楽しんでもらおうと、あたしが企画・発案したのだ。

しかし、
あたしの班の構成員たちは今で言う草食系女子達ばかり。〝ぽわぽわ〟した彼女たちは、絶叫マシン…なんかとは無縁の人生を歩んできたらしく、ジョイポリスのごちゃごちゃした雰囲気にただ圧倒され(もちろんアトラクションには一つも乗らなかった)、花やしきのオンボロ遊具ですら「こういう無理やわぁ」と敬遠した。「せっかくの修学旅行やし楽しもうや!」と誘っても、とにかく遠慮しまくり。

そんな草食系女子たちが俄然として喜びだしたのが、雷門、仲見世、浅草寺だった。
雷門前で何かに憑かれたかのように何枚も写真を撮りだす彼女たち。「美味しそう!」と人形焼を食べ、「家族へのお土産に」とお煎餅を買い、「受験用に」とお守りを買い込み大喜び。固く閉ざされていた財布がカパカパと開きだした。
そんな様子を見ながらあたしは、彼女たちを絶叫マシンに乗せようとしたことを深く反省し、旅のプランナーとしてのむずかしさを痛感した。
浅草――そこには草食女子たちが興奮する何かがあるのだ。

そんなことを考えながら、浅草を一人歩いた。
夜の浅草寺はライトアップされて、なんかちょっと大人の雰囲気だ。視線を上げると、あの頃なかったスカイツリーが妖艶に光り輝いているのが見える。
――遠い旅行地だと思っていたこの場所、まさか仕事帰りにふらっと来れるようになったなんて……そんなことをしみじみと考えながら、浅草寺の周りを散歩した。

それでも時間を持て余してしまったあたしは、隅田川の近くのカフェで、本を読みつつ時間を潰していた。もうすぐ、約束の20時半……。いい加減、お腹がすいた。空腹で読書に集中できなくなってきたその時、私の携帯にメールが入った。Sさんからだ。
「ごめん、20分、遅れます」

……うぅぅ、マジですか。
もう一杯コーヒーを頼もうか迷っていると、またあたしの携帯にメールが届いた。

「ラストオーダーが21時なので、先に店に行って注文しといてくれない?」

……は、はい?
添付されているお店の情報を見て地図アプリを立ち上げる。
結構遠いやないかい。
ラストオーダーの21時まであと20分ほど。ここから迷わずいけば15分くらいか。
ギリギリやん?
あたしは急いで身支度を整えカフェを出た。そして、ヒールの靴で走った。
カツカツ、カツカツ、
走りながらアイフォンを取り出し、浅草に他のどぜう店が無いのかをを調べる。もう少し遅くまでやっているお店があれば、そっちに行けばいい……しかし、どぜうのお店は浅草に2件しかない!?しかも、両店共に閉店が早い!
浅草の名物料理なのに、たったの二件?ありえない!餃子の街・宇都宮なんて駅を出たら「餃子」「餃子」「餃子」で、餃子の押し売りが甚だしかったのにぃ!
怒りを発散させるようにさらに速度を上げ、ヒールの靴を鳴らしながら浅草の街を走った。
カッカッ、カッカッ、
草食女子達が興奮していた仲見世を横切り、レトロすぎる遊園地「花やしき」の前をダッシュで通り過ぎる。思い出の地を、全力で走ることになるとは……。

20時50分、目的のお店「どぜう飯田屋」に到着した。
ラストオーダーの10分前……ギリギリセーフ……?
ハァハァ……息を整えながらお店に近付くが……なんか嫌な予感。店の看板の明かりが消えている。
恐る恐る引き戸を開け店内に入ると、閉店の準備をしている中年女性の店員さんが、あらまぁという顔でこちらを見た。「すみません、もう終わっちゃいましたー」

やはり、そうですか……。

怒り……よりも疲労感が勝った。
なんだか全身が重い……。
入店できなかったことをSさんに電話し、結局その日は「電気ブラン」で有名な「神谷バー」に集合することになった。来た道をとぼとぼと引き返す。……なんだかなぁ。
(ちなみに「神谷バー」は江戸っ子のおじさんたちが陽気に酔っぱらってて、面白い雰囲気のお店でした。電気ブランは、かなり度数の強いお酒で一緒に注文したビールが水のように感ました)

「こないだはゴメン」と謝るSさんと共に、どぜうリベンジをすることになった。
今度は早めに集合したので「どぜう飯田屋」に入店することができた。
さっそく東京名物の、どぜう鍋、柳川鍋(どぜう鍋を卵でとじたやつ)、どぜうの唐揚げなどを注文する。

前回、苦労の末に食べれなかった「どぜう鍋」。
待ちに待った「どぜう鍋」。
期待は最高潮に。「お待たせしましたー」と運ばれてきたお鍋を覗いた。

……え、

なんか気持ち悪い。

小さな鍋いっぱいに敷き詰められた、ぬるっと光った胴長の生き物……。こ、これがドジョウ……。
甘辛い匂いの割下は食欲を誘ってくれるのだが、見た目がグロくて直視できない……。ぴょんと出ているドジョウの手(ひれ)。うっ……。
やばい、コレ食べんのか?ドジョウさんが見えないように白ネギをたっぷり上に乗せ隠す。

ぐつぐつと煮えたぎるドジョウさん……。そろそろ食べごろなのだろう。
Sさんが先に食べ、安全なのを見届けてから、あたしも挑戦することにした。
あんまり観察すると食べれなくなるので、素早く箸を動かし口に運ぶ。

…………。

あたしは勘違いしていたようだ。
ドジョウってやつは、なんとなくのイメージで、うなぎ、アナゴと似たようなものだと思っていた。
違った。
全然違った。
この味は……うなぎでもアナゴでも魚でもない……強いて表現するならどろの味……か。
その後、あたしたちのテーブルには、柳川鍋や、どぜうの唐揚げやらが運ばれてきたが、一向にテンションは上がらなかった。黙々と端だけを動かす。

「なんか、そんなに美味しいものじゃないね」

そう言ってから、ハッとした。結局あたし、みんなと同じ感想を言っている。
この夜、一番おいしかったのは、最後にシメで頂いたうなぎのお茶漬けだった。

ドジョウは栄養価が高いらしいが、一度経験したら、まぁいいかなと言った感じ。リピートはしないだろう。
ああそうか、どぜう鍋屋さんが浅草に二件しかない理由はそうなのか。
たぶん二件くらいがちょうどいいんだろうなぁ。