第9回 東京登山部。やっとこさ登山編


登山口のすぐ横に、ロープウェイの乗り口が見えた。このロープウェイに乗れば一気に山の中腹まで行くことが出来るらしい。乗り口に流れていくお客さんを横目で見て、心の中で呟いてみた。
「山の良さを分かってないな」と。
そうだ自分の足で登らないとどうする。あたしたちが目指すは健康という名の頂上なのだ!
ゆけ!ゆけ!登山部!

まず、あたしたち登山部を待ち構えていたのは、アスファルトの路面であった。山を登っているというより、林の中を散歩している気分。
登山部が三人で並んで歩くことができるほど広い道で、こうなったら女子三人、喋る喋る喋る。仕事のこと、家庭のこと、恋愛の話……。
Kさん、Hさん、あたし。そういえばこのメンバーでゆっくり話す機会ってなかったよね。大自然の中という解放感のせいか、みんな饒舌に。いやぁ、ほんとによく喋って笑った。

……と思っていたのは最初だけ。
5分も経つとどんどん口数が減ってくることになる。

……ハァハァ
喋ると息が切れる。

……ゼェゼェ、ゴホォッ
面白い話をして大笑いなんかしたら、むせこんでしまう。
あれ、高尾山ってなんか……思った以上にキツくない?日常生活で感じることのない、〝アキレス腱の伸び〟感じていた。顔を上げると目線の、はるか上の方に人が歩いてる!なにこれ、山やん!(当たり前)めっちゃ角度、急やん!
運動不足のあたしたちにとてはかなり過酷な道。ついに三人、無言に。じんわり……というかダラダラ汗が流れ落ちる。登って30分も経っていないのに、この運動量。先が思いやられるという言葉が、ふさわしい展開になってきた。

あたしたちは登っては休憩、登っては休憩を繰り返しながら足を進めて行った。なめてたわ、高尾山。
そう言えば……
「ちびまる子ちゃん」の遠足に行く話を思い出した。「後ろ向きに歩けば楽だ」とか「身体を前に倒すと勝手に足が出て、否応なしに進める」とかいうエピソード。あたしがまるちゃんと同じ年のころ、遠足で実践済みの技である。懐かしいし、是非やってみよう、ということで2つとも試してみた。
……うん、意外にいい。
とくに後ろ向き。アキレス腱への負担が軽減され、なんとなく楽に登れている気がする(あくまで個人的に)
……でも、なんか……ちょっと……周りの目が恥ずかしい。あ、あいつらちびまる子ちゃんやってるじゃん、そう東京人に思われてはしゃくだ。
ということで、前を向いて普通に歩くことに。
あたし、大人になった。

頑張って一時間くらい歩くと、見晴しのいい場所に来た。ロープウェイの終着点なんかがあるポイントだ。すこし開けた場所で、東京のビル群が見渡せる。遠く見えないところまで広がる人工的な建物に、東京って巨大な都市なんやな、と改めて感じた瞬間だった。

そう、ここまで来たら山登りは後半戦に突入。
そろそろ、吊り橋コースのある4号路への分岐点があるはず。
でも分岐点が見当たらない。
……あれ?どこ?もう過ぎた?……ってか、立て看板とか出てないの?
道に迷ったあたしはアイフォンのアプリ〝マップ〟を起動させ操作したが、東京のくせにまさかの圏外!(……まぁ、山だし)まったく役に立たなかった。やばいぞ。登山部部長たるもの、みんなを頂上へ導く義務があるのに!
駅前にあった案内板の地図を必死に思い出す。たしか、なんとかっていう門をくぐったら4号路の入り口があったはず。これではないかという門をくぐり、こちらではないかという方へ行ってみる。「ここから4号路・吊り橋コースです」とかいう決定的な看板がなかったので、ちょっぴり不安なまま前に進んでいく。
選んだ道は、舗装されておらず、でこぼこの山道で歩きにくい。しかもやたらと細い道で、その幅は1.5メートルほど。そんな細い道を下山客とすれ違うのはかなりスリリング。お互いに道を譲りあいながら、ちびちびと足を進める。

100メートルほど歩いて気が付いた……なんか下山客が多くない?と。現在時刻はAM11:00。まだまだ午前中なのに、頂上に向かう人より、降りてくる人の方が多いのだ。あれ?なんで?山登る人たちってめちゃめちゃ早起きなの?
疲れきった脳みそをフル回転させ、洞察力のダイヤルをMAXにして考えてみた。
……もしかして……これって、みんな……
引き返しているのでは?
実は4号路だと思って進んでいるこの道。そもそもコースなんかではなく、ただの山中の私道なんじゃ?……ってことは行きつく先は……民家だったりして。
そしてさらに不思議なことに、頂上に向かって登っているはずが、さっきから下り坂が続いている。……なんで?不思議と不安があたしを襲う。
でももう引き返せないくらい歩いたぞ。もう、こうなったら4号路だと信じるしかない。そんな葛藤のさなかに、私の目というレーダーが一つの建造物をとらえた。

……あ

……もしかして、アレ?

はいでましたー、吊り橋。
この道、ちゃんと4号路でした。チャンチャン♪
……それにしてもこの吊り橋。想像していたのと……なんか全然違うんやけど。
目の前の吊り橋は、割と小さくて吊り橋というほどの繊細さがなく、100人乗っても大丈夫なほど頑丈そうだ。
あたしの想像では……高さ50メートルくらいの高所で、下を見るとゴウゴウと流れる川が。手すりがロープ。歩くたびに橋が揺れてドキドキ。ちょっといたずらっ子の男子がわざと橋の上でジャンプしたりなんかして、女子が「きゃー揺らさないでー」で叫んだりする……なんかもっと、こう、スリリングで危うい吊り橋を思っていたのに……。「キャー怖い」とか言えないこの環境に、ちょっとがっかり。
15秒ほどで安全に渡りきって、また山道を歩き始めた。

皆黙々と登って2時間ほどたったころ。あたしたちはいつの間にか細い山道から、舗装された道に合流した。そろそろ頂上ではないか?と期待していると、なんか広場に出た。まぁ広場というには狭い感じなのだが、とにかく……なんやここ。もんのすごい人が地べたに座ってご飯を食べている。こないだ台風の時にテレビで見た、新宿駅の帰宅難民の映像が脳裏をよぎる。
人ごみをかき分け広場の中央にたどりつくと〝高尾山頂〟という文字を見つける。あたしたちが目指していたゴールはどうやらここのようだ。もっと見晴しのいい高台なのかと思っていた。しかし山頂での見晴らしの景色は……人の山であった。

なんとか3名が座れるスペースを見つけ、お弁当を広げた。
人がひしめき合う中ではあったが、ちょうど近くに綺麗に染まった紅葉の木があり、なかなかの特等席ではあったと思う。

少し話をして、下山の前にお手洗いに寄りたいね、って話になった。近くのトイレを借りようと行ってみると、思った通り列が出来ていた。「40分待ち」の張り紙。ここはディズニーランドか。
……待ち時間の短いトイレを探し、山頂付近をウロウロするあたしたち。なんとか空いてる公衆便所を発見することができたので大事に至らなかったが、このシーズンの登山には膀胱炎がつきものとなることを思い知らされた。

あとはもくもく下山である。今度は最もポピュラーな1号路を通って帰った。
登りよりは下りは楽。でも疲労というお土産を背負っているあたしたちの足取りは、そう軽くない。何か話しながら帰った気がするが正直言って、話した内容を覚えていない。ゆえに下山のエピソードが書けなくて、今非常に困っている。
……そういえば下山途中に神社があって寄ってみると、いろんな天狗がいた。が、どんな顔をしていたのかほとんど覚えていないが、どうやら名所のようだったので立ち寄れて良かったということだけ書いておこう。

朝にぐびっと飲んだ栄養ドリンクのパワーはもう使い果たしてゼロ。
リフトやロープウェイを使って降りることも、ひそかに検討したが「50分待ちです」のアナウンスを聞き、余力で降りる決意をした。最悪、寝転がってコロコロ転がれば、下まで行けるだろうとまで考えた。それくらい、あたしは疲労を抱え歩いていたのだ。

そして、何とか無事下山。
ふらふらとした足取りでお茶屋に入った。
糖分の威力はすごい。あんみつを食べた瞬間に脳みそがまたギュンギュン回り始める。すこし部長らしい発言でもしてしようと、今回の活動の総括をしてみた。
「みなさん、お疲れ様でした。今日はどうでしたか」
部員たちの顔には疲労の色がにじんでいる。
「それで……今後の登山部の活動ですが……」
あたしは、歩きすぎてパンパンのふくらはぎをさすりながら言った。

「……今後は……登山にとらわれない活動をしましょう」

部員たちが、ホッとした表情を浮かべる。そう、運動不足のあたしたちからすると、高尾山はちょっとレベルが高すぎた。ゆくゆくは富士山山頂……とか無謀なことを考えていたが、それは身の程知らずってやつだ。
「……これからは、山にとらわれることなく、ボーリングとかカラオケとか飲み会とか……みんなでワイワイできるレクリエーションを企画していきましょう」

……ということで、3回にわたって書いてきたこの〝東京登山部。〟やっとこさ終わりです。しばらく登山に行くことはなさそうなので、シリーズ化はできません。あしからず。
ではみなさま、よいお年を。

第8回 東京登山部。準備編


朝、目が覚めると、窓から差し込む日差しが眩しかった。
でも念のためにiPhoneのアプリで、天気予報を確認すると、〝秋晴れ晴天、レジャー日和〟と出た。
よかった。雨女だから心配していたが、今日は最高の天気になりそうだ。

顔を洗ったあたしは昨日のうちに選んでおいた服に袖を通す。ジーパンに、ロングTシャツ。そしてパーカーに帽子。山ガールに近づいていく自分を鏡の前でチェックし、にんまり。

しかし、残念だがリュックがない。購入する時間がなくて今回は見送ったのだ。
でもリュックがなくても大丈夫だろう。高尾山のことを調べてみると、両手を使う岩山でもないし、危険と隣り合わせの崖道もない。登山レベルとしてはかなりイージーな山らしい。別にリュックでなくても登れるそうだ。
あたしはいつもつかってるトートバックに荷物を詰め込んだ。
タオル、レジャーシート、お茶。
荷物は出来るだけ軽い方がいいと思って、必要最低限だけを詰め込んで行った。

次にお弁当作りに取り掛かった。
お弁当作りと言っても、おかずは前日の晩に作っておいたので、詰めるだけ。メニューは唐揚げとポテトサラダ。じゃこのお握りとゆかりのおにぎり。最後にウサギの形にリンゴを切って弁当箱に詰め、お弁当は完成! 山頂で食べたいものをイメージしたらこんなメニューになった。どうみても小学生の遠足のお弁当である。
お弁当箱は、いつも使っているのだったら愛想がない上に重いので、前日のうちに購入しておいた使い捨てのパックを使う。久しぶりに段取りよくできた自分に感動した瞬間だった。

そして朝9時すこし前。家を出て電車に乗った。

「高尾行き」の電車の車内。誰もあたしのことなんか見ていないのだろうが、なんとなく他人の目が気になってしまった。今日のあたしは頭の先から足の先まで、山ガールなのだ。
きっと車内の誰もがあたしを見てこう思ってるはず。
「ああ、あの子、高尾山に登るんだろうな」と。
だからなんなんだ、と読者の皆様は感じるだろうが、あたしはそーゆーのが嫌なのだ。

実はトラウマがある。
中学3年の修学旅行。東京ディズニーランドに行く道中、舞浜行の電車に乗っていた時のことだ。私服での旅行だったが、いかにも地方から来た修学旅行生ですってオーラを出していたあたしたち。同じ電車に乗車していた東京男子高校生がこちらを見てこんな会話をしていた。
「ふふ。どうせ、ディズニーランドにでも行くんじゃない?」
聞き慣れない東京弁が、相当の破壊力を持っていたというのもある。しかし、何となく小馬鹿にされたような気がしたのだ。完璧な被害妄想だろうが、思春期のあたしはなんだかムカついた。俺らは近所だからいつでも行けるけどー、と言ってるように聞こえたのだ。

そんなトラウマがあってか、どうも車内での視線に敏感になっているあたし。
周囲の「ふふ、どうせ高尾山にでも登るんじゃない?」という視線に対し、あたしもジーパンをはいた人やリュックを背負った人を見つけては「はっはーん、この人も登るんやな」「あの人、山っぽい顔をしてるやん」というリアクションで対抗しまくった。

しかし、それどころではなくなってきた。実は昨日、朝の5時まで原稿を書いていたうえに、張り切って早起きをしたので2時間しか寝ていないあたし。荷物を詰めたり、お弁当作ったりしているときはまだ良かったが、じっと電車に乗っていると、とてつもない眠気が襲ってくる。

やばい、山ガール風の格好をしているのに、車内で眠そうにしているなんて格好がつかない。山ガールたるもの、車窓の風景が町から山へ変わっていくのを楽しまなくてはならない。しかし、窓の外を見てもまぶたが落ちてくるので、眠気を紛らわすため音楽を聴くことにした。iPhoneを操作し、以前作っておいた〝元気の出る曲〟という名前のプレイリストを再生する。(プレイリストとは、自分で好きな音楽をまとめリスト化できる機能のこと)
ちなみにこの〝元気の出る曲〟というプレイリストの内容は非常に偏っていて、ドリカムの「何度でも」が5回流れたあとに、ミスチルの「fanfare」が1回流れ、終わるというものになっている。一年前に作ったこの〝元気が出る曲〟というプレイリスト。確かに元気がでる曲のチョイスだが、「何度でも」を5回も聞かせる理由が自分でもよくわからない。何度でもすぎるやろっ、と今更つっこんでみた。
たまに「自分は変な奴だな」と思うことがあるが、この日も電車に乗りながらそう確信し、気づけば眠気は覚めていた。

高尾山駅に到着。さすが行楽日和なだけあって、すごい登山客で溢れていた。

携帯電話をチェックすると、部員の一人から連絡が入っていた。
昨日行ったスマップのコンサートで疲労困憊になったうえに、今日も夕方からスマップのコンサートに行かないといけないので、登山は欠席したい、という内容だった。……あたしはアイドルのコンサートには行ったことがないが、たしかに黄色い声を出して団扇を振り続けるには相当な体力がいるだろう。もしかすると、山に登るよりもよっぽど健康になれるんじゃないだろうか。
ということで本日の参加部員は3人ということに。

集合時間よりちょっと早く来てしまったあたしは、売店で栄養ドリンクを購入した。さっき〝元気の出る曲〟を聞いて一瞬目が覚めたが、根本の疲労は取れていない。部員の集合を待ちつつ、ぐびっと栄養ドリンクのビンを傾けた。ほかの部員がやってくる前に、この空きビンをどこかに捨ててしまいたかったのだが……なんちゅーことだ。ゴミ箱がどこにもない。駅前をかなりウロウロして「ゴミは持ち帰りましょう」という看板は見つけたが、ゴミ箱は見つけられなかった。やっぱ、持ち帰るのか。せっかく荷物を減らしてきたのに、重たいビンをカバンの中にしまった。

そして、何故かその日は高尾山の駅前で「青少年健全育成キャンペーン」みたいなのが行われていて、同じ色のジャンバーを着たオジサマ、オバサマ方がなにかを配っていた。ポケットティッシュだと思ったあたしは、差し出された物を受け取った。観光地のトイレっていうのは、紙がないところが多いから、これはGETできて嬉しい。……と思って手の中を覗くと……まさかの綿棒である!
テ、ティッシュをくれ!
綿棒自体は嬉しいが、登山する前に受け取るアイテムではない。また荷物が一つ増えた。

しばらくしてHさん、Kさんがやってきた。少ない人数ではあるが全員集合。
まずは、高尾山駅の前にある登山案内の看板を見上げつつ、今日登るルートを確認した。
高尾山は頂上まで向かうコースがいくつもある。滝が見えるコースや、途中神社に寄れるコース。どのコースがいいんだろう、と首をひねるあたし。
そういえば……と前に交わした会話をふと思い出した。
「東京にきたら、高尾山に登ってみないと」と勧めた東京人の彼が言っていた気がする。「登るんだったら、湖が見えるコースが、キレーだよ」と。

湖の見えるコース……

さて、はて……。駅前の登山案内の看板を前に眉間にしわを寄せるあたし。
サル園、薬王院、展望台……見どころを示すイラストが描かれているが、湖のマークは見当たらない。滝の絵はある。コレのことか?
しかし、滝よりももっとワクワクするコースを見つけてしまった。

4号路:吊り橋コース

きゃー!(心の中の叫び)
あたし、こういうの大好き。山の中の吊り橋なんて素敵だし、第一こういうスリリングなのが大好物!幸い部員たちの中に高所恐怖症はおらず、みんなも大賛成。ということで、メインロードである1号路を登り、途中の分岐点で4号路に向かうというコースに決定!湖を進めてくれた東京人には悪いが、今回はこのコースで頂上を目指すことにしましょう!

レッツ、ゴー!

さっき飲んだ栄養ドリンクが効いてきたのか、寝不足のせいか変なテンションのあたし。興奮で息を弾ませ、登山口に向かった。
頭の中ではさっき聞いた「何度でも」がローテーションで駆け巡る。さすが〝元気の出る曲〟なだけある!

なんだか長く続いてしまった「東京登山部。」次回をお楽しみに。やっと山に登ります(笑)

第7回 東京登山部。結成編


「東京で観光って言ったらどこですか?」
大阪から上京したてのあたしが尋ねると、とある東京人がこう言った。
「東京に来たらまず、高尾山に登ってみないと」

……。

……。

……都会に出てきたのに、なんで山登らなあかんねん!

そうは思っていたが、親切に教えてくれた手前「へー行ってみたいですぅ~」と、いかにも興味を示したように振る舞った。

だって山になんてほんとに興味がなかった。東京に来たからには、渋谷で買い物したり、銀座あたりの高級なカフェでお茶したりしてみたい。なんでわざわざ山に行かにゃならんのだ。
しかしこの数か月後、自らの意志で「山に登りたい」思うようになる。

ところで東京に来てからのあたしは、
……かなり不健康だ。

とにかく、自分でも自覚があるのが、コレ。
運動不足。
東京に来てからというもの、運動・スポーツをする機会なんて、まぁまずない。毎日毎日座り仕事なので、寝てるか座ってるか、で一日が過ぎていく。そんなだから筋力が異様に落ちてきた。10回は余裕できた腕立て伏せも、今は3回でギブアップ。
筋力だけではない。こないだ、駆け込み乗車をするためにちょっと走ってみたとき。(駆け込み乗車をするな、と突っ込まないでね)階段を何段か駆け登っただけで、心臓がバクバクし、乱れた呼吸がもとに戻らなくなった。倒れてしまうんではないかと思ったほどだ。つまり本当に身体がなまってきているのだ。

そして不健康の要因、その2はコレ。
暴飲暴食。
いやぁ~、一人分の料理って難しいのよね。さじ加減が分からなくて、ついつい作りすぎちゃう。大抵余ってしまうが、「もったいないから食べちゃうか」の精神で、鍋を綺麗に空っぽにしてしまうのが最近の日課に。(翌日食べろよ、とか突っ込まないでね)そんな毎日を続けていると、いつのまにか胃袋が膨張し、かなりの大食い娘になってしまった。そして思わぬ副産物として、お腹の周りにムチムチとした脂肪が……。

……嗚呼、これはいかん!健康にならないと!
曲がりなりにも20代。若々しく元気に生きたい。しかしながら、三日坊主のあたし。ジョギングするぞ、そう思うことは毎日あっても実際走ったことは一度もない。食事制限のダイエットなんかも、もちろん無理……。
さてどうするか……。

そんなことを考えながら中央線の電車に乗ると、聞こえてきたアナウンスはこれだ
「この電車はぁ~、高尾行きぃ~、高尾行きです」
……タカオ。記憶の奥の方にしまっていた〝タカオ〟という山。そしてその後、運命的に、電車の車内にある液晶テレビの広告が目に留まった。

紅葉の落ち葉舞う、美しい山の風景。「高尾山に行こう。」の文字。

これだ!とすぐに思った。
――山に登って健康になろう!
イメージがすぐに沸いてきた。……鳥のさえずり、木々の木漏れ日、澄んだ空気。さわやかな汗をかいて山を登るあたし。そう、山ガールってやつだ。

山ガールになる決心をしたあたし。
形から入るのはダメだと分かってはいるが、まずはスニーカーを買いに行った。実はあたし靴はサンダルとか、パンプスしかもっていない。このあたりから、あたしが普段いかに運動していないかというのが分かると思う。
靴を買いに、近所の商店街の靴屋さんに行った。
スニーカーを買うなんて10年ぶりかもしれない。いや、ほんと冗談抜きで。久しぶりに買うので、どういうスニーカーが自分にあっているのかがよく分からない。普段ヒールのパンプスを履いているあたしからしたら、スニーカーはどれも履きやすいし楽だ。結局1時間くらい試履きをして、お値段と相談し、ナイキの黒いスニーカーを選んだ。

次はメンバー集めである。さすがに一人で登る勇気はなかった。うっかり足を踏み外して転落したら……遭難してしまったら……そんなことを考えあたしは一緒に山に登ってくれる仲間を探すことに。
何人かに声を掛ける。「山に登らない?」「高尾山に登らない?」と。

余談だが、「高尾山(タカオサン)に登らない?」と何度も言っていると、気づかぬうちにいつの間にか「高野山(コウヤサン)に登らない?」と言っていた。大阪に住んでいたあたしは高野山(和歌山にある仏教の聖地)の名前の方がなじみが深かったようだ。
「修行に行くつもり?」と笑われてしまった。

声を掛けていると、ある一人の女の子の発言が引っかかった。
「山登りは嫌だ。でも高尾山はいいよ」
……ん?んんん?
どういう風に解釈すればいいのだ?高尾山は山登りではないのか??
話を詳しく聞く。高尾さんはすごい人気スポットで、観光客がいっぱいいるらしい。ロープウェイとか、リフト、極めつけにビアガーデンまであるらしい。
……もしかして高尾山は、ただの観光地?
私が抱いていた〝山〟のイメージがバラバラと崩れ落ちる。
果たして頂上まで行って〝健康〟は手に入るか、という疑問がわいてきた。
ビール飲んでプハーって、それはあたしのイメージする〝健康〟とは程遠いような気がする。
しかし何人かに声を掛けたし、家には新品のスニーカーが待機している。もう後には引けない。

第6回 電車にうまく乗れない その2


もしも、入学試験にこんな問題が出たら、あたしは受験に失敗してしまうことだろう。

【問1】
中央線と総武線の違いを述べよ。

なんて難易度が高い問題なんだ……!
ちなみにあたしは高円寺に住んで半年たつ。毎日のように利用しているのだが、この二つの線路の違いが分かっていない。
悩んだ末に、回答欄にはこう書くことだろう。

【回答】
中央線→オレンジ色の電車(割と早い)
総武線→黄色い電車(遅い)

今回は「中央線」「総武線」の違いが分からない、という記事を書こうと思っている。しかし、今書きながら「ネタ選びに失敗した」と後悔している。
「なにが分からないのか」すら分からないのである!
分からない点が漠然としていて、何を書いたらいいのか分からない……!
これは、困った!

電車の違いについては詳しく語れないので(むしろ誰かに熱く語ってほしい!)あたしの東京電車ライフの話をしよう。

新宿から我が町高円寺まで帰るとき、できるだけ中央線に乗るようにしている。「場合によっては総武線が早いよ」と阿佐ヶ谷の友人が教えてくれたが、この「場合」というのが良く分からない。一度「発車時間が早いから」と思って総武線に乗ってみたら、それは「中野止まり」で結局中野で乗り換え。いつもだったら新宿→高円寺まで6分なのに、15分もかかってしまった。

この「中野駅」というのが、なかなかよく分からない駅だ。
(ちなみに東京住まいではない人に説明すると、中野と高円寺は隣同士の駅。電車で2分ほどの短い距離である)
中野で買い物したり、中野のTSUTAYAに行ったりと、割と利用することが多い中野駅。
で、帰り。一駅先の高円寺まで帰ろうと思うのだが、ええっと、どうしたものか。……何番線のどの電車に乗ったらいいのかがまったく分からない。
中野駅は全部で8つもホームがある。中央線、総武線のほかに、東京メトロ東西線も通っている。東京メトロは高円寺には止まらないので、このブルーの電車には乗ってはいけないという知識は一応ある。

分からない時は、彼の登場だ。
〝乗換案内〟先生だ!
まるでドコモのCМの渡辺謙のように私に付き添ってくれている、カレ。
出発駅「中野」到着駅「高円寺」と入力すると「●○分初」の中央線高尾行きに乗れと優しく教えてくれる。中央線は一番端のホームでちょっと遠い。
時計を見ると、時計の針は今まさに「●○分」を指している。
頭上の方から電車がホームに入る音。

……〝乗換案内〟先生は時にスパルタです。

あたしはダッシュで階段を駆け上がる。そんな努力むなしく電車は●○分ちょうどに発車。ハアハア……。乗れなかった……。ハアハア……そりゃ階段ダッシュさせられちゃ、息も切れるわ。
乗換案内は〝現在時刻出発〟で検索すると、ほんとに現在時刻で結果表示しはります。このへんが融通聞かない。頭固いな。

●○分初の電車を見送ってしまったので、もう一度乗換案内検索を検索。すると先生は「◆◇分初の」総武線三鷹行きに乗れと仰る。時計を見る。今度は大丈夫。「◆◇分」にはまだ5分ほど時間がある。しかし、総武線ということはホームが違うやないか。さっき駆け上がった階段をトボトボ降りる。
何番線に乗ればいいのかが分からないので、電光掲示板を見に行く。確認して、またホームに続く階段を上がる。なんかこの作業が……むなしい。さっきも階段上ったばっかり。
なんかこの振り回されてる感が、イヤ。

で、5分ほど待っていると、ホームに電車がやってきた。やっとかー。とベンチから腰を上げる。
しかし……やってきた電車を見てびっくり。

……ブルーの電車だ。

ここは総武線(黄色)のホーム。何故、東西線(ブルー)の電車が……?
さっきも言ったが、東西線は高円寺に止まらない電車だ。乗っちゃいけないという知識だけはある。でもそのブルーの電車は「三鷹行き」と書いてある。どうも、乗換案内先生が指示した電車のようだ。
……乗るべきか、乗らざるべきか。

迷っているうちに、扉が閉まる。
高円寺方面に走っていく、ブルーの電車。見送ったとたんに、乗れば良かったと後悔。

そしてもう一度、乗換案内先生に尋ねます。高円寺に帰りたいのですが、どうすればいいのですか、と。
隣の駅なのに……たった一駅乗りたいだけなのに、なんでこんなに振り回されるのでしょうか。普段なら2分で着くところ、結果何故か15分も足止め。

……どっと疲れました。

恐るべし、中野駅。
歩いて帰った方が早いんちゃうかな?

第5回 うまく電車に乗れない その1


上京組のみなさんは共感していただけると思う。

「東京の電車、ややこしいねん!」

ほんまに東京の電車ってやつは複雑。
よく二時間のサスペンスドラマで、電車の乗換が殺人事件のトリックになっていたりするけど、東京の路線図でトリックを作ったら、複雑すぎてなかなか謎が解けないと思う。二時間ドラマの枠を三時間にしなくてはいけないくらいに複雑になると思う、

正直言ってあたし〝乗換案内〟がないと東京の電車には乗れない。
〝乗換案内〟ってアレです。ジョルダンが提供している、みなさんご存じのネット上の乗換情報サービス。ほかにも〝駅すぱあと〟とか色々あるよね、今は。
「出発駅:高円寺駅  到着駅:渋谷」と入力すれば、どういう経路で行くと早いのか(もしくは安いのか)調べて、到着時刻まで教えてくれる。
ほんとにこれは便利!

どんな近距離であろうが、知っている場所だろうが、電車移動となれば必ず〝乗換案内〟を利用する。
そう、あたしは〝乗換案内〟依存症。
〝乗換案内〟様に「こう行きなさい」とご伝授いただかないと、なんだか怖くて前に進めないほどに、彼を愛している。

彼を愛するのは仕方がない。東京ビギナーのあたしは、土地勘もなければ地名もそう簡単には覚えられない。
「赤羽」という地名は「赤羽橋」の略語だと思っていたし、「青山一丁目」駅の次にあるであろう「青山二丁目」駅を探したこともあった。
こんな東京オンチなあたし。
やはり、すぐそばに〝乗換案内〟様がいなくては生きていけないのだ。

東京で一番恐怖を感じたのは、地下鉄である。

地方出身の人ならだれもが思うはず。
「東京メトロ」と「都営地下鉄」ってなぁに?って。
なんか違うの?地下鉄なんでしょ、一緒でしょ?……そう思っていた。

ちなみに、地元大阪では地下鉄といえば「大阪市営地下鉄」しかない。
あたしは自他ともに認める地下鉄っ子だった。梅田・なんば・心斎橋・天王寺……大阪で行きたい場所はだいたい地下鉄が通っているし、どこに行くのも基本的に地下鉄だった。
それに大阪の地下鉄は碁盤の目のようになっていてるので、とっっってもわかりやすい。
全線各駅停車なので、特急の停車駅の心配なんかもしなくていいし、安心して乗れる。
東京も大阪と同じように主要エリアは地下鉄が張り巡らされている。きっと好きになれるだろうと思っていた。

……しかし、東京・地下鉄ってヤツはかなりツワモノだった。

切符の自動券売機の上の、運賃が書いた路線図を見て、固まるあたし……。

その時あたしは初めての東京一人旅で、観光に来ていた。渋谷にいて美味しい海鮮丼を食べるためにガイドブックに載っている「築地市場」のお店に行きたかった。
でも見上げた路線図に「築地市場」の駅が見当たらない。(※あとから気付いたのだが、あたしが見上げていた路線図は東京メトロの運賃表。「築地市場」は都営地下鉄の駅。だから運賃表に名前がないのはあたり前なのだが、当時のあたしが知るよしもなく……)
「築地市場」が見つからなくて、10分くらいは路線図を見上げていたと思う。
「築地」って駅は見つけたのだが。ガイドブックにある「築地市場」とはまた別の駅っぽい。「築地」駅に行って「築地市場」駅まで歩けばいいのか、とも考えたが駅と駅の距離も分からないし、もちろん道も分からない。もしかしたら、「赤羽」と「赤羽橋」のように、全然違う土地なのかもしれない……

……ということで〝乗換案内〟先生の出番となった。
先生にご指示をお願いすると、2分後に出発予定の「東京メトロ銀座線(浅草行き)」の電車に乗るように、と仰った。あたしは慌てて銀座線に飛び乗る。
なんとか乗り込んだ電車の中で携帯の画面を確認すると、今度は「青山一丁目」駅で都営大江戸線に乗り換えろと、先生が言う。
青山一丁目……3つ目の駅だ。
しかし油断は禁物。駅に着くたびにホームを覗いて駅名を確認。間違えて「青山二丁目」で降りないように、最新の注意を払う。その甲斐あって、なんとか無事に青山一丁目で降りることに成功した。

しかし、降りてからの乗換でまた困ったことになった。
「大江戸線」と書いてある案内板通りに歩き進めていたのだが、何故か目の前に改札がある。

……な、なんで、ここに改札が?

躊躇してするあたし。
分からない。なんで地下鉄から地下鉄の乗換に、一度改札を出ないといけないのか、分からない。
そう、大阪の地下鉄は一度改札をくぐれば、地下鉄のどの線路にも乗ることができる。行き来自由なのだ。改札をくぐるのは、目的駅に着いた時だけ。

……もしかして、東京メトロと都営地下鉄って別会社で、別運賃なのか?ということにここに来て気付いた、あたし。地下鉄移動で二重料金って……なんかぼったくられた気がして、悔しい。
しかし、東京人たちはなんのためらいもなく改札を抜けていく。あたしも仕方なしに改札をくぐった。「東京は恐ろしいところやな」と改めて感じながら……。

話は変わるが、あたしは高円寺に住んでいるので、JR中央線をよく利用する。しかし、ほぼ毎日使っていても……いまだに分からないことだらけだ。
先日は、中野から高円寺に行くのに(たった一駅なのに)うまく乗り継げず、わちゃわちゃしていると、15分もかかってしまった。

その話は、また次回にでも……。お楽しみに。

第4回 おしゃれな美容院に行ってみる


もはや死語となりつつある、「カリスマ」。
あたしが中学生のころ、テレビでは東京いるという「カリスマ美容師」が引っ張りだこだった。ダサい女の子を激変させたり、主婦が若返ったり……そういう神業を見て、さすが東京はすごいんだなーと舌を巻いた経験がある。
ちなみに、勝手に妄想するカリスマ美容師のイメージはこんな感じ。

① モテ系の男性。
② 日焼けした肌。
③ 帽子を被っているか、ひげを生やしている。

さて、ほんとに上記のようなカリスマ美容師は、東京にいるのだろうか?
……ということで、表参道にある、とある高級ヘアサロンに行ってみた。

……嘘です。いくら取材といえど、そんな高級ヘアサロンに行けるほど、お財布は厚くありません。

実は先日飲み会帰りに、渋谷駅で声を掛けられた。
「カラーモデルをしていただけませんか」と。
そう声を掛けてきたのは、あたしの妄想カリスマ美容師とはかけ離れた、ものすごく可愛い女の子。身長は150センチくらい。年齢は20前後に見える。ベリーショートの髪型が似合うカジュアルキュートな女の子。

そんな可愛い美容師さんが笑顔で近づいてくる。
しかし、あたし〝警戒心〟というバリアを全面に張って、対応。
何故かというと、声を掛けられたのは深夜0時過ぎの渋谷。……カラーモデルとか言って、ほんとはキャッチセールスだったりして。どこかに拉致さたりして……。ほろ酔いということもあってか、変な妄想が広がる。
とりあえず疑いの目で接し、固い口調で対応した。

あたし「どちらの美容院ですか?」
美容師さん「表参道にある○○○○○です」
あたし「(強めの口調で)パンフレットとかショップカードはあります?」
美容師さん「……ええっと、一枚しか無いんですけど……?」
あたし「(上から目線で)それ、いただけます?」

ラスイチだというショップカードを奪い取り、店の情報を確認。とりあえず、怪しい団体ではないようだ。
美容師さんがポッケから携帯を取り出す。
「よかったら番号と名前、教えてください。詳細を連絡するんで」
……番号と名前?!
あたし、再び警戒のバリア全開で振る舞う。
「……フルネームじゃなきゃダメですか?」
「いいですよ」と苦笑いする美容師さん。偽名を名乗ろうかと思ったが、パッと思いつかなかったので「ナオコです」と本名を名乗った。その日は結局、美容師さんと携帯番号を交換しあって解散。

帰って美容室の名前をネットで調べると、なんの怪しさもない、むしろ超高級なヘアサロンがHITした。……というか、こんな美容院行ったことがないっ、という程に高級なところだった!
〝料金〟ってところをクリックして、現れた金額に、あたしは絶句!

……カットが8000円?!
……高っ!!

ちなみにあたし、大阪ではカット5000円の美容院に通っていた。2000~3000円で切ってくれるところもあるから、カット5000円ってそんなに、安くない値段だと思っていた。
……なのに、東京・表参道の美容院は8000円、ときた。軽いカルチャーショックを受けたあたし。
しかし、当日はもっと色んなことにショックを受けることになる。

指定の日時にその表参道の美容院に向かう。エレベーターを降りると、まるでホテルの受付のようなカウンターがある。必要以上に広々としたカウンターの中に、何故か受付嬢が3人いた。3人が一斉にお辞儀。
……ここはほんまに美容院ですか?
周りを見渡してみたが、間違いはなかった。

カラーモデルに来たことを伝えると、待合室のソファーに通された。床は赤い絨毯。天井にはシャンデリア。お客さんは、お金持ちそうな奥さんばっかり。
なんや、ここ……。
圧倒されるあたし。でも、ここできょどった態度を取って「田舎もんじゃん」と舐められては困る。足を揃えて斜めに流し、エレガントな風を装って、担当さんを待った。

「こんばんはー、来てくれてありがとうございます!」
渋谷で声を掛けてくれた美容師さんがやってきてくれた。キュートな笑顔に、なんとなくホッ……。
席に案内されて、少し雑談。美容師の卵である彼女は、練習台のためのカラーモデルを、いつも渋谷で探しているらしい。あの日は仕事終わりで渋谷に向かって、なかなかモデルが決まらなかったので、焦っていたらしい。

「あの時、ナオコさんメチャメチャ警戒してましたね。来てくれないかと思いました」
やはり、美容師さんも警戒対応に気付いていたようだ。(あんな態度やったら当たり前か)「どうも、すみません……」と恐縮するあたし。
先日渋谷での威圧的な態度から一変、あたしはかなりへりくだっていた。
あたしみたいな田舎もんを、表参道のようなお洒落なところに呼んでいただいて、すみません。こんな素敵なお店にご招待いただいて、しかもカラーまでしていただいて、すみません……。
そのギャップに、美容師さんもびっくりしたに違いない。

そんなとき「よろしくお願いします」と男性店員があらわれた。「でたっ!」と心の中で叫ぶあたし。現れたのは、なんとあたしのイメージする出で立ちのカリスマ美容師だった!
・モテ系の甘顔。
・日焼けした小麦色の肌。
・お洒落に生えそろった、ひげ。
・そして、お洒落帽子。
東京には、やっぱりカリスマ美容師がいた!ひそかに興奮するあたし。
どうやらカリスマの彼は、美容師の卵である彼女の教育係だそうだ。

カリスマ美容師の指導は厳しかった。
「オレが客だったら、その塗り方だとクレームだね」
「それで、できたと思ってるの?」
さすがカリスマ。教育も熱心だ。あたしはおでこの生え際の産毛が多いのだが、その産毛にまで、カラー剤を塗られた。もみあげに生えてる髪の毛、一本も見逃さないように指導していた。

特記すべきは、ドライアーの当て方だ。イロイロと流儀があるらしく、それを伝授するためにカリスマ美容師はかなり張り切っていた。
「とにかく、もっと引っ張って、こう! もっともっと、熱を当てるっ!」
髪の毛をぐいぐい引っ張られるあたし。そして髪の毛が熱で縮れるんではないか、と思うほど長い時間ドライアーを当てられた。
しかしカリスマに向かって、「痛い」とか「熱い」とか、言えない。
「乾かすためのドライアーじゃないからね。整えるためのドライアーだからね」
ほほう、なるほどね。
新人教育だけど、練習台のあたしまで勉強させていただく。

最後の仕上げは冷風!
ドライヤーの後に、しっかり冷風を当てると、ツヤ感が全然違うらしい。オイリーな肌がカラカラに乾燥するほどに、冷風を浴びせられた。
結局ドライアーを当てていた時間、トータルで30分。
こんなにドライアー当てまくりで、髪の毛が痛まないのか心配だけど、その日の仕上がりはすごかった。手で触ると全然違う。

……サラサラ~!!
シャンプーのCMに出れるんじゃないかってくらいに、サラサラ!
あたしの頭の中ではエッセンシャルのCMの曲が流れ始めた。

ちなみにトリートメントとか、ストレートパーマとかはしていない。ただドライアーの当て方を変えただけで、こんなにも違うなんて正直驚いた。

やっぱり美容院帰りはウキウキである。ちょっと寄り道して渋谷を徘徊する。またカラーモデルとかカットモデルのお誘いされないかなーなんて、よこしまな感情でうろついていると、「ねえ、お姉さん、今からどこ行くのー?」としつこいナンパにあった。ナンパに会うのも仕方がない、だってあたしの髪サラサラだもん。(なんや、それ)

やっぱり東京のカリスマは、すごいんだな~と肌で(頭で?笑)感じた日だった。

でも、自腹では行けない、かな。。。

第3回 都会水の味


「東京ってさぁ、住むのに不便?」と東京に住む友人に聞いたことがある。あたしが上京する前のはなしだ。
すると大阪出身の彼女は迷うことなく答えてくれた。
「水がちゃう」と。

ミズ、、、水かぁ。
「まぁ、多少まずくても、暮らせんことはないやろう」と、軽く流そうとするあたし。しかし彼女は、世にも恐ろしい光景を見たような形相で言う。
「……髪の毛ぇ、パシパシになんでぇ」
……彼女が言っていたのは飲み水の話ではなく、髪の毛を洗う水のことだった!さすが美女子である。シャワーの水にもこだわるか。

大阪の水の話をしよう。(比較対象がこれしか知らないので、申し訳ない)
大阪の水はぶっちゃけおいしいと思う。うん、クセのないまろやかな水だ。
しかもびっくりすることに蛇口をひねればじゃんじゃん出るのにも関わらず、大阪市の水道水を、500mlのペットボトルに詰められたものが売られている(マジな話)。しかもその水、モンドセレクションで金賞を取ったというお墨付き(マジな話)。
……つまり大阪人はモンドセレクションで、髪の毛を洗っているのだ!(……ん?)

上京初日の夜。ああ、これはたしかにまずいなと、それは歯磨きの時に実感した。
歯を磨き終え、最後のゆすぎ。口に水を含んだその瞬間――口の中が錆びついたような感じになった。ああ、これが都会の水か、とあたしはグジュグジュしながら悟った。
お湯で口をゆすいだりなんかしたら、えらいこっちゃ!口のなかで、もわっと広がる都会水。早くペッてしたくてたまらなくなる。モンドセレクションに慣れてしまっているせいか、この〝ゆすぎ〟の不快感にはいまだに慣れない。

「じゃあ、浄水器を買えばいいじゃん。」
東京人のみなさまはそう思われるであろう。

ちまたにはいろんなタイプの浄水器が出回っている。シンクの端に置くタイプ。蛇口の口の部分に取りつけるタイプ。あと冷蔵庫に入れて保管できるポット型浄水器。
欲しいけど、どれも高いんだよなぁ……。
しかも1回買えばそれでおしまいってわけにはいかなくて、買ってしまうとカートリッジ交換という使命までおまけについてくる。あたし、こういうの苦手。
例えば網戸に貼ってある虫よけの薬剤。交換目安は一カ月と書いてあるが、ゆうに超えてもう三カ月目に突入。だけど、そのまま。(でも、なんか貼っとくだけで、ほんの少しぐらいの効果があるような気がするから貼りっぱなしにしてある。)トイレに置いてる芳香剤なんか、もうとっくに中の液体が無くなっているのに、詰め替え用を買い足さない。(でも、なんかまだ香ってる気がするので無意味に振ったりしてみる)
……そう、〝コスイ〟のよ、大阪人は!
もしもあたしが浄水器を買ったとしよう。1年たっても2年たっても……3年たってもカートリッジは交換しないと思う。そのうち〝まだ浄水〟なのか〝もう水道水〟なのか区別がつかなくなってきて、舌の感覚がマヒしてしまいそう……。
だから、あたしは浄水器を買わない。

「じゃあ、ミネラルウォーターを買いなよ。」
と東京人のみなさまの声が聞こえてくるようだ。

ミネラルウォーターは、いいね、どんな水よりも美味しいね。軟水。硬水。甘い水。すっきりの水。いろんな味わいがあっていいよね。
……でもやっぱりこれも高い!毎日のように買っていたらかなりのコストだ。それに「高い水なんだ」と思ったら、使うのをためらってしまう可能性もある。
あたしはたぶん、飲み水としては躊躇せずにがぶがぶ飲めると思う。お米を炊くのも……ミネラルウォーターを使うだろう。じゃあ、お味噌汁を作るのに使う水は、水道水?それともミネラルウォーター?……じゃあ、パスタをゆでる水はどっち?ゆで卵ゆでる水は?おにぎりを握るのに手を湿らせる用の水は?
……ほ~ら、ボーダーラインの設定、難しいでしょ?そんなジャッジにイチイチ悩む生活はイヤなので、ミネラルウォーターは買いません。

じゃあ、あたしは今どうしているのか。
それはもったいぶって話すほどでもない。……西友に通っているのだ。
あの入り口の近くに置いてある、無料の水。アレだ。西友はあたしの家から歩いて3分。ほぼ毎日のようにそこに通っては水をくみ、えっちらおっちら家まで運んでいる。〝調理用の水〟とがっつり書かれてて、どうやら生で飲むのはおすすめしていない様子。でも、がぶ飲み!……ま、大丈夫やろう。こういう時の合言葉はコレ「死にゃーせんっ!」
重たい、めんどくさいというデメリットはあるけど、タダより安いものはない!お金に余裕が出るまでは、井戸水をくみに行くような古風な生活を送りたいと思う。

これだけ都会水について語っておいてなんだが、実はあたし、まだ東京の水道水をじかに飲んだことがない。こんな記事を書いたからには、本物を飲まなくちゃスジが通らない……よね、やっぱり。

……ということで、ものすんごくテンションが下がっているけど……
今、実際に飲んでみたいと思う。

*  *  *

えー、とりあえず今台所に行って注いできた。洗いたてのコップは洗剤の匂いが付いていて正確な調査が行われないかもしれないので、乾いた食器を使用。

まず、におい。……うん、コップに注ぎたては空気を含んでいるのか、すごくにおいがする。どんなにおいって、水っぽいにおいだ!(水の匂いを、水っぽいと表現する、あたしのボキャブラリーの無さを許して)

で、飲む。

……うん。口に含んだ時に広がる固い感じは、歯磨きの時と変わらない。で、3秒ほどすると……味が変化が?舌が若干ピリピリとしてくる。ここまで深みがあるとは。味を例えるなら……夏、ビーチで浮き輪を口で膨らました時の味かな。分かるでしょ?

ええー。ということで、今回の実験から分かったことは……しばらく西友に通えということです。
はい、それでは皆様、最後までお付き合いありがとうございました~。

第2回 東京、買いもん事情


個人商店でも、スーパーでも、コンビニでも、そうだ。
東京という土地で買い物をするたびに小さな違和感を感じていた。
東京の店員さんは、なんかガメツくない。
「売ったろ」っていう意識が少ないと思う。
きっとこういうことだ。東京はとにかく人口が多い、だから別に「売ったろ」って頑張らんでも物は売れるんだろう。

対する大阪は、とにかくあきんど(商人)の町だ。「売ったろ」根性、半端ない。
日本一長い商店街として有名な、天神橋筋商店街。ここは、とにかく、すごい。
「今から10分間限定のタイムセール!時計どれでも1000円!」
とメガホン片手に叫んでいるおっちゃん。気合十分。叫びすぎて声はガラガラ。安くてエエもんが大好きな大阪のおばちゃん達は、時計の置かれたワゴンにたかっていた。
30分後に、同じ店の前を通りかかる。すると聞こえてくる、あのガラガラ声。
「今から10分間のタイムセール!持って行ってや、時計どれでも1000円やで!」
10分のタイムセールが終わると、次の10分のタイムセールが開催される仕組みなのだ。つまり、ずっとやってるのよ、タイムセール。

これと同じシステムで「閉店セール」というのもある。閉店セールって張り紙がされてるけど、一か月後に行ってもまだ「閉店セール」やってる。一年後に行ってもまだ「閉店セール」をやっている。そう、いつまで経っても閉店しない。お店の人に文句でも言えば、こう返ってくるはず。「うちは毎日閉店してますから」そして翌日の朝、また「開店」する、そういうシステム。

事例を挙げればキリがないけど、とにかく大阪は「売る」ことにガメツイ。買う方もそれを楽しみなのだ。
店員さんとの会話して、そのトークがオモシロかったら買っちゃったりする。それが大阪の買いもん、なのだ。

で、東京。
どうも、店員さんはみんな「売る」ことに興味がないように思える。
ただ、来た客をさばいてお金をいただく。そんな商売の仕方をしているように思うのだ。
一例として、プリンターの故障で薬局に行った時の話をしよう。

「プリンターで薬局……は?」と思われた方のために、まずは回りくどい説明から始めなければならない。

あたしは今回の上京で、大阪の実家からプリンターを持ってきた。
型は古いけど、スキャナ、コピーなんかが付いてるなかなかの優れもの。こやつはイロイロできるだけあって結構でかい。狭いワンルームの部屋の中でかなりの存在感を出して居座っている。邪魔だけど、まあ仕方ない。文章を書く仕事をしていると、プリンターは相棒みたいなものなのだ。

上京して1週間たったころ、相棒がついに東京デビューを果たす時が来た。
東京用の名刺印刷、これが彼に与えられた最初の指令である。
名刺作り専用のソフトでデザインを終えたあたし。パソコンと相棒をUSBでつなぎ、画面上の【印刷】をクリック。すると、相棒はウィンウィンとうなりを上げた後、勢いよくガシガシ、ガシガシ、と動き始めた。ちなみにガシガシ言ってるがインクジェットプリンターである。
しかし相方の東京初仕事は、ずさんであった。あたしは印刷された名刺を見て「なんやこれ!」と叫ぶ。あたしがデザインをした名刺はドット柄のガーリーなもの。しかし、相棒が吐き出した名刺はなぜかボーダーなのだ。
……なぜに、しましまっ?!
気を取り直して、もう一度【印刷】を押しみる。しかし結果はまた、しましま。

……ここで、事態を理解した。詰まったか、と。
インクジェットプリンターは、しょっちゅう使っていないとヘッドの部分のインクが乾き、カチカチになってしまう。大阪からの長旅と、しばらくモノクロ印刷しかさせていなかったせいか、相棒のカラーインクは目詰まりをしていた。でもここで慌てることもない。クリーニングってやつをすればいい。
【クリーニング】という指令をだすと、相方は、ウィーン、キー、キィー、ドーーと音を立てて自らを綺麗にしていく。もう一度、名刺を印刷してみる。結果は……しましまだ!
まだ希望は捨てちゃいけない【強力クリーニング】というボタンがある!
強力クリーニングを指示すると「インクを大量に消費しますがよろしいですか」というメッセージが出た。一瞬たじろぐあたし。が、こちらも結構切羽詰っている。「はい」を選択。すると相棒は、先ほどのウィーン、キー、キィー、ドーーを3回くらい繰り返し、長い時間をかけて自らを洗浄していった。おそらくものすごい量のインクを消費しているんだろう、シアン(青色のインク)が途中無くなったので、新品を買ってきて下した。

これでもういけるだろう、と思って名刺印刷を再開。
しかし……ダメだった。
何度やっても、名刺がしましまになる。くそ、くそぉ!あんなにインクを消費したのに!新品のシアンも買ってきたのに!

あと残された手段は……解剖、か。
機械オンチのあたし。やったことないし、素人がやってはいけない領域だと分かっている。良い子はマネしないでっていう領域だ。下手すりゃ壊れて、プリンターはお陀仏になる。
……でも最近のあたしは悪い子だ!その上に、急いでた!せっぱつまっていた!明日……絶対に名刺が必要だ!
相棒の死を覚悟し、あたしは解体に必要な材料をネットで調べた。

〝無水エタノール〟もしくは〝イソプロピルアルコール〟
これでヘッドの部分を洗え、とどこかの裏サイトに書いてあった。薬局・ドラッグストアに売ってるらしい。よっしゃ、私が住む高円寺は薬局がいっぱいある。どっかには売ってるやろう。

(お待たせしました。これでやっと、まわりくどい説明は終了です)
先に状況説明しておくと、この時のあたし、結構焦っていた。さっきから何度も言ってるけど、明日までに名刺を印刷しなくちゃいけない。やばい。必死。崖っぷち。藁をも掴む気持ちで、薬局に向かっている。
それを理解したうえでこの先、読み進めていただきたい。

まず、一件目。Tドラッグ。ここは家から一番近いのでよく行く。
この薬局でティッシュや洗剤は買ったことがあるが、無水エタノールなんてものは見たことがない。どんな容器にはいっているのかもさっぱり見当つかない。
中年の男性店員を捕まえて聞く。
「無水エタノール、もしくはイソプロプロピルアルコールはありますか」
「それは無いですけど……」と言いつつ薬品が並べられた棚の前に連れて行ってくれた。よくわからないカタカナの液体たち。ええっと、無水エタノールもイソプロピルアルコールもないんやんね。で、でもここに連れてこられたということは、代わりなる液体はあるってこと……?
振り返ると店員さんは、いない。
え、連れてきて、放置ですか!
……ちょっとは相談に乗ってくれたっていいのに!「何に使うんですか?」って聞いてくれてもいいのに!せめて、イソプロピルとか変な薬品を手に入れようとしている、この素人くさいオンナを怪しむくらいはして欲しかった。
悲しくなって、Tドラッグを出る。

二件目。Sドラッグ。ここは駅から近くて安いので、いつも大勢のお客でにぎわっている。レジにはいつもお客さんの列。店員さんもみんな忙しそう。あたしは商品補充をしている割と暇そうな男性店員に声を掛ける。しかし、振り返った彼は見るからに新人のバイト君。案の定、なんとかエタノールもイソプロピルなんとかって名前も覚えられずに、先輩薬剤師に応援を求めに行った。先輩薬剤師、忙しそうにレジをこなしながら、なんかバイト君に言っている。
「すみません、ないです……」
戻ってきたバイト君は、すまなさそうに言った。うーん、忙しい薬剤師はあたしの相談に乗ってくれないのね。でも申し訳なくする新人君がなかなか可愛かったので許そう。私はSドラッグを出た。

三件目。М薬局。ここは小さな薬局でお客さんが少ない。店員さんもみんな手隙のようだし、もしかしたら込み入った話を出来るかもしれない。淡い期待を抱きつつ店員さんに声を掛ける。「無水エタノールか、イソプロピルアルコールはありますか」
背が低いおばちゃん薬剤師が対応してくれた。あった。無水エタノールがあった。どーん、と私の前に出されたのは、500mlの予想以上にでかい容器。でかい。こんなにいらん。
「もうすこし小さいのはないですか?」
「ないです」即答する薬剤師。……ないのか。今は藁をも掴む勢い。これを買うしかないのか……と覚悟を決めるあたし。値段を聞いてみた。「おいくらですか」即答する薬剤師。
「1200円です」
……高っっ!ちなみに200~300円くらいで買えると思っていた。ネット上にも100円くらいで売ってるよ、と書かれていたし。思わず苦笑してあたしは言った。
「高いなぁ……」
別にマケて欲しいから言ったんでは無い。ただ、流れとしてこう言ったのである。こういう場合、私の経験では店員さんからはこんな返事が返ってくる。「これが妥当な値段ですよ」「めったに売れない商品なので仕方ないですよ」そういうやり取りをして、それなら仕方ない、と買ってしまうのが消費者だと思う。しかし東京の薬剤師は違った。私の「高いなぁ」に対してこう言ったのだ。
「はぁ、」
ええー!予想以外の返答になんかキョドルあたし。「はぁ、」って言われたら、ここで会話終了ですよ?!ってか、なんやこの辱められた気分は?まるであたしが「負けてぇな、お願い」って言ったみたいな空気やん!
どうしよ、どうしよ。……気づいたらМ薬局を出ていた。
難しい、東京で買いもんって難しい。大阪の常識が感覚が、まったく通らない。

結局4件目のドラッグSで、なんとかイソプロピルアルコールを見つけ、500円で購入した。買えたけど、なんかどっと疲れが出て、ヘトヘトだ。でも名刺を印刷するという目的はまだ果たされていない。休む暇なんてない。手に入れた怪しい薬品を使って、プリンターのヘッドを洗浄した。分解して、詰まっている部分のインクを溶かして……一時間くらいかけて作業し、なんとか、完了!
いざ、印刷!
相棒がウィンウィンと動き出す。さっきより心なしか、軽快な音に聞こえる。

そして、出てきた名刺は……しましまだった!
……なんやねんっ!

悲しい、悲しすぎる……。頑張って苦労して買い物したのに、相棒は期待に応えてくれなかった。結局、名刺は作れずじまい。代替品として、大阪の時に使っていた名刺が数枚残っていたので、それを持っていくことになった。

はぁ……、東京ってホント大変よね。

第1回 コーナンがない


東京はなんでもあるから不便はしないと思っていた。
しかし、ないものがあった。それは……
ホームセンター〝コーナン〟

……いや、あるっちゃあるみたい。あるんだけれども、遠いし少ない。え?たったの4店舗。しかもかなり郊外やん?
大阪には90店舗のコーナンが点在している。
大阪人は近所に〝コーナン〟があって当たり前。大阪人は必ず、最寄りのコーナンを把握している(……はず)
東京にも当たり前のようにあると思っていた。でもまさか、近畿中心の会社だったとは……かなりカルチャーショックだ。

知らない人のためにコーナンを説明しよう。あたしの知っている限りのコーナン情報だから偏りはあると思うが、ほとんどのコーナンはこうである。

① 店内が広い。だだっ広い。大体ワンフロア(大阪市内を除く)。
② 安い。コーナンブランドもいっぱいあって、なんかお買い得感満載。
③ 駐車場がこれまた広い。大体店舗面積と同じくらいある。そして駐車場の隅(もしくは店舗の入り口)にはとてつもなくでかい園芸コーナーがある。
④ 商品数が多い。意味の分からないものまで置いてある。

最後の④の「意味の分からないものまで置いている」という点を掘り下げてみよう。
コーナンには意味の分からないものが置いている。プラスチックだったり、金属だったり、紙だったり。
何に使うんだろコレ、というその商品は、何故か魅力的。なんか生活に役立ちそうなのだ。こんな使い道があるんじゃないか、ここにつけてみたらどうか……なんていつの間にかワクワクが広がっている。まるで夏休みの工作を楽しむ小学生の気分だ。
そんな意味の分からないもので溢れているコーナンに行くと、つい隅々まで見たくなって、かなり長い時間いる羽目になってしまう。

特に高校生の時に、よくコーナンにお世話になった。
あたしは演劇部に所属していて、部活動中によくコーナンに買出しに行った。なんと学校から徒歩3分という近さ。素晴らしい立地。
うら若き乙女たちが向かうは、工具・木材・塗装のコーナー。そう、大道具を作るための買出しだ。
「電ドリ欲しいよなー」
「このビニール安っ!防水シートに使えるかもな!」
「なんか良くわからんけど、これさ小道具に使えるんちゃう?!しかも29円って安いし!」
そうやって意味の分からない金属片に一喜一憂したものだ。
高校2年生の時に、トイレを舞台にした演劇をすることになり、便器を買いに行ったこともある。
便器は……高かった。5万~10万した。部費ではとうてい買えない。
でも、コーナンには売っている。便器の種類もかなり豊富だった。あたしたちはコーナンで、便器の〝ピン〟から〝キリ〟を勉強した。何故この便器は高額なのか。当時のあたしたちは知っていた。
部内の財布を握っている舞台監督の女子が、陳列棚に並べられた便器たちを見て言った。
「トイレが舞台の話なんて、いったい誰が書いたんや!?」
「あなたの隣にいる、あたしが書いたんですよ」とあたしが言うと、彼女は笑った。便器を前にして二人で笑った。「いい作品にしよーな」って言って笑った。
……なんだかんだいって、青春だったと思う。
結局、プラスチック製の和式便器カバーなるものを買って、その日は帰った。
コーナンにはそんなものまで売っている。

あと、コーナンには〝コーナン・プロショップ〟というのがあって、ここは、もっと意味不明なものがたくさん売っている。土木・塗装・建築資材専門店になっていて、お客さんは、だいたい作業服か地下足袋の男性だ。ハイヒールでプロショップに行ったとき、コツコツという足音が店内でかなり浮いていたのを覚えている。

さて、東京暮らしに話をもどそう。
あたしは、お皿もお鍋もカーテンもバス用品……生活に必要なものはなにも持って来なかった。
「東京のコーナンで買えばいっか」
って思ってたからだ。

……探さなくては。コーナンに代わる東京のホームセンターを探さなくては!

隣の部屋の女の子(仲良くさせてもらっている)が地元の子なので聞いてみた。
「このへんホームセンターってある?」
すると女の子は答えた。

「中野に〝しまちゅ~〟があるよ」

し、しまチュウ!?
プッ、なに?ポケモンの仲間ですか。(しまちゅ~で働いている人ごめんなさい)しかも、聞き慣れない店名だったので、部屋に帰ったとたんに忘れてしまい、ネットで『中野 ホームセンター』で調べた。すると『島忠』という漢字の店名がHITした。んー、どうやらポケモンの一種ではなさそうだ。

……まあ、せっかく教えてくれたんだし、ということで行ってみた。
島忠ホームズ中野本店へ。(あ、そういえばホームズという名前は聞いたことがある。たしか大阪にもある)
なんか背の高い建物だった。駐車場は立体になっている。
外観からして、高級感が漂っている。コーナンのような素朴感はない。
まずは上階のインテリア・家具コーナーへ。コーナンにはこういう大きな家具売場がないから、ちょっと新鮮だった。ホームセンターに家具が売ってるなんて、便利やんっと意気揚々とフロアをめぐる。
テレビ台、ソファーなんかが欲しかったから見に行ってみたが……う~ん、でかい。全体的にでかい。そして予算オーバーの品々。婚礼家具やファミリー向けのインテリア商品が並ぶ店内。見ているのはお金持ちの夫婦が多かった。ちょっと場違いな気がして、急いで下のフロアへ向かった。

下の階は生活雑貨が売っていた。あたしがいままさに欲しいと思っている、お鍋や、お皿や、洗濯バサミやらを次々とカゴに放り込んでいった。必要なものを買いまくっていると、お会計がゆうに1万円超えてしまった。……や、やるな島忠!
コーナンと比べると値段が高い!でもまあ気に入るものも見つかったので良しとしよう。

島忠に行って1週間ほどたってから、あたしはもっと近所にホームセンターがあるのを発見した。高円寺北口から歩いて徒歩2分。うちから歩いても5分かからない距離!
そのホームセンターの名前は……

〝オリンピック〟

……お、おりんぴっく!!

名前でやられた。すごいよ東京。
オリンピックの話は書くと長くなりそうなので、またいずれ。

《プロローグ》上京物語


あたくし、十時直子。

独身。

27歳。

シナリオライター志望。

大阪生まれの大阪育ち。コテコテの関西人で、ええダシ出てます。

2011年6月9日。これがあたしの記念日になる日。

梅雨のど真ん中。でも幸いその日は曇りだった。

雨女だけど、日ごろの行いが良かったのだろう。今日は一滴の雨にも打たれることなく順調にことが進みそうだ。

 

まず東京についたあたしは不動産屋に寄って、契約内容の再確認をした。難しい言葉がいっぱいでてきたけど、理解したふりしてうなずく。

担当のお兄さんが「押して」というところにハンコを押す。

従順にしているとお兄さんは私の新居のカギを、奥の部屋から持ってきてくれた。

チャリンチャリンと音が近づいてくる。

金属のわっかで束ねられている二つの銀色のカギが目の前に置かれる。

 

これがあたしのカギ。

……カギをもらうってちょっとドキドキする。

このカギが、あたしの未知の世界の扉を開けてくれるのだ。

 

 

実は、あたくし人生27年間ずっと実家暮らし。5人の家族が暮らす堺市のおうちに居座っていた。今回の上京は、一人暮らしデビュー戦となる。

 

正直に言う。今回の上京は楽しみで仕方なかった。

シナリオライターになろうと思い上京を決めてから、毎日東京暮らしのことを考えていた。

どこに住もう?

どんなバイトをしよう?

ネットで不動産情報を見て、住めもしない高級マンションを見てうっとり。

アロマとか焚いてお洒落な部屋にしたいなー。

可愛いカフェとか見つけたいなー。

行きつけのバーで、バー友とか作りたいなー。

……東京生活への期待度は半端なかった。

当時の愛読書は「ひとり暮らしをとことん楽しむ!(雑誌)」と「ニッセン」のカタログ。大阪の住み慣れた小汚い部屋で、雑誌を広げてワクワクする毎日。

お部屋はレトロモダンな落ち着く部屋にしよう。

できたらソファーを置きたい。

デスクも必要だ。

タコパ(たこやきパーティー)ができるようなテーブルも必要だ。

大阪から○○ちゃんと○○ちゃんが来た時のために、寝るスペースも必要だ!

いろいろ必要なものを考えていると、どうもものすごく広い部屋に住む前提となっていった。

休みの日になると、彼氏という相方さんを連れてヨドバシカメラやフランフランに偵察に行きまくった。あたしは可愛い食器を手にとっては無邪気にはしゃぎ、東京ひとり(・・・)暮らしを思い描いてはうっとりしていた。これから遠距離恋愛になるっていうのに、相方さんは複雑な心境だったに違いない。

 

 

そんな〝計画〟は、ただの〝妄想〟だったと、分かるのは東京についてからだった。

 

 

あたしが初めて住む町は、杉並区の高円寺。なぜこの街に決めたのかはまた別の機会に書くとしよう。長くなるから。

小さなマンションの2階のワンルーム。駅から3分(走れば1.5分!)の駅チカ物件で、家賃6万5千円。なんせ東京も一人暮らしも初めてなもんですから、これが安いのか高いのか分からない。ただ、あたしの収入(見込み)からすると、高いのは確実。

 

もらったカギで部屋に入った時の第一声は、

「狭っ」

だった。もちろん一度下見には来ているが、あれから〝妄想〟が爆走しすぎているせいか、あたしの契約した部屋は、頭の中で12畳くらいある広いワンルームに変貌していた。でも目の前にあるのは6畳の小さな部屋。茫然としながらあたしは部屋を見渡した。まあ、見渡すほどもないけど、見渡してみた。

これじゃあ、ソファーも、タコパもできない。友達3人来ても寝る場所がない……

あたしが悲しみに暮れている間に、引っ越しを手伝いにきてくれていた相方さんはテキパキと車から荷物を運び出してくれた。部屋はあっという間に段ボールに占拠されていく。部屋はさっきよりもどんどん狭くなっていった。

 

それから3日ほど相方さんは滞在して、あたしの一人暮らしの基盤を作っていってくれた。テレビをつなぎ、洗濯機を設置し、黙々と働いてくれた。感謝。

家具や生活雑貨は一緒に買出しに行った。これは結構楽しかった。貯金という名の埋蔵金が一気になくなっていくが、そこは目をつぶる。上京はお金がかかることだ。仕方がない。

あたしは3日後に控えた小説の締切のことを忘れて、楽しいヒトトキを過ごした。

 

 

しかし、覚悟はしていたが、ここは東京だ。一歩部屋を出ると東京人がうごめいている。

あたしも相方さんも、コテコテの関西人。

「せやなぁ~」「アホちゃう~?」「めっちゃ好っきゃねん」「あんた、おもろいやん」が公用語。2人とも上記の言葉を、何の違和感もなくきれいな発音で話すことができる。

 

身体を休めようと入った喫茶店でのことだ。

隣の席の若い男女の会話に、ここは東京なんだと知らしめられた。

 

「マジで、ウケるじゃん」

 

……これが噂の関東弁か……。

あたしと相方さんは弾んでいた会話を一時中断させ、無言でコーヒーをすすりながら、その男女の会話を盗み聞きした。

 

「ねぇ、○○クンって、いつも何時に寝てるのぉー?」と何故かテンションが高い東京女。

「12時くらいかなぁー」と大人しめの東京男。

「うっそぉー早いよぉそれって」

「そう?普通じゃん?」

「寝る前って、何してるのぉ」

「別になにもしてないよぉ」

 

……どうでもええわ!と思わず心の中で突っ込むあたし。

大阪弁で今の会話を訳せばこうなる。

 

「なぁなぁ、○○ヤンって(あだ名)何時に寝てんの?」

「12時くらいちゃう?」

「マジで!早すぎるやん、あんたジジィか?」

「ジジィちゃうわ。時間になると勝手に眠たくなるねん」

「で、朝5時くらいに勝手に目ぇ覚めるんやろ」

「そうそう。朝日が昇るころに目が覚める……って、なんでやねん。そんなことないわ。ジジィ扱いすんなって!」

 

 

……まぁ、大阪人ならこれくらいの掛け合いはできるはず。

 

それはさておき、〝関東弁〟という強烈なアッパーを食らわされ、あたしたちは閉口した。

女ならまだしも、男までもが「普通じゃん?」と話している。

なんか男らしくないよ。なよなよしてる印象。「普通さっ!」とか「普通だろうがっ!」とかそういう男らしい感じに話せないのか?……ん?それもちょっと暑苦しくて嫌だな。

とにかく関東弁は聞き慣れないので、いつもドキッとする。ドラマや映画で聞き慣れている標準語とはまた違う気がする。

 

 

しかし、関東弁をバカにしたくせに、関西弁をどうどうと喋らない自分もいた。電車の中で、

「なんか電車めっちゃ混んでるやん」

と言うと、周りの乗客がギロリとこちらを向いた。

「あ、大阪の人じゃん」と彼らは思っているのだろう。

……なんか悔しい。舐められたら困る。

 

大阪から出てきた人は、『舐められたらアカン』という精神を少なからず持っていると思う。どうも昔から大阪人は、大都会・東京と自分たちを比べる傾向にあるのだ。

『大阪だって都会なんや』

『いくら東京が首都や、ゆーたかて、大阪も負けてへんでぇ』

『東京にあって、大阪にないもん、そんなもんあらへん』

(※大阪を愛するが故の主張だと、笑っていただきたい)

じゃあ、誇りを持って大阪弁を喋べろよ!と突っ込まれそうだが、そうそうすることもできない。大阪人は本拠地を離れると弱いのだ。阪神タイガースと一緒だ。『大阪負けてへんで』というのはあくまで地元大阪にいるときの主張であり、東京に来て東京人にのまれ東京のすごさを目の当たりにすると、委縮してしまう。そして心の片隅に「舐められたらアカン」という片意地だけが残るのだ。

 

大阪弁は控えよう、とあたしは心の中で決めた。かといって大阪人の相方さんの前で「電車、混んでるじゃん」とは恥ずかしくて言えない。

あたしは大阪弁とも関東弁とも言えない言葉でしゃべった。

「次のぉ、、、エキで、降りる、、、ヨォー」

文章ではイントネーションが伝わらないのが残念。

すると相方さんが答えた。

「うん、次の、、、エキねー。おっけー」

……なんと!相方さんもまた、変な言葉を喋っている!「あんた変やで!」と心の中で突っ込みつつ、

「お、降りるヨォー」

と、標準語モドキを発するあたし。

相方さんは何も言わなかったけど、きっと「……なんや、こいつ。関西弁を封じてやがる」と思っていたに違いない。

カップルといえど、実にぎこちない時間だった。

 

 

そして、ついに相方さんが帰って行った。

マンションの前でお見送りをする。どんどん小さくなっていく相方さんの車。運転席で相方さんが何度もこちらを振り返り、手をふってくれたのを今でも覚えている。運転しながらは危ないな、とあたしは思いつつも涙があふれてきた。

あたしは、東京という右も左もわからない土地で一人で生きていくのだ。

遠距離恋愛となるさみしさと、これから一人という不安で、次から次へと涙があふれる。

静かで狭い部屋。家具はまだベッドと机しかない。殺風景な部屋がまた淋しさを誘う。

やっぱり一人って淋しいんだな。

あたしこれから一人で大丈夫かな?

生きていけるかな……?

そんな可哀そうな自分に浸っていると、さらに涙はあふれてきた。

 

……しかし!そんな感傷に浸っている暇はなかった。忘れていたけど、今日は小説の締切日。「99のなみだ」新刊の原稿を書かなくては……!

先ほど思いがけず泣いたおかげで、瞼が重い。

なんやめっちゃ眠い……。

そして引っ越しの片づけで疲れ果てた身体は、休息を求めていた。

部屋を見渡す。見渡すほど広くないけど、見渡す!ベッドか机かしかない。つまり、寝るか書くか!

あたしは自分にムチを打って、ベッドという誘惑と闘いながら机にしがみつき、夜を明かした。

東京一人暮らし一日目にして、このありさま。この先が思いやられる。