第2回 東京、買いもん事情


個人商店でも、スーパーでも、コンビニでも、そうだ。
東京という土地で買い物をするたびに小さな違和感を感じていた。
東京の店員さんは、なんかガメツくない。
「売ったろ」っていう意識が少ないと思う。
きっとこういうことだ。東京はとにかく人口が多い、だから別に「売ったろ」って頑張らんでも物は売れるんだろう。

対する大阪は、とにかくあきんど(商人)の町だ。「売ったろ」根性、半端ない。
日本一長い商店街として有名な、天神橋筋商店街。ここは、とにかく、すごい。
「今から10分間限定のタイムセール!時計どれでも1000円!」
とメガホン片手に叫んでいるおっちゃん。気合十分。叫びすぎて声はガラガラ。安くてエエもんが大好きな大阪のおばちゃん達は、時計の置かれたワゴンにたかっていた。
30分後に、同じ店の前を通りかかる。すると聞こえてくる、あのガラガラ声。
「今から10分間のタイムセール!持って行ってや、時計どれでも1000円やで!」
10分のタイムセールが終わると、次の10分のタイムセールが開催される仕組みなのだ。つまり、ずっとやってるのよ、タイムセール。

これと同じシステムで「閉店セール」というのもある。閉店セールって張り紙がされてるけど、一か月後に行ってもまだ「閉店セール」やってる。一年後に行ってもまだ「閉店セール」をやっている。そう、いつまで経っても閉店しない。お店の人に文句でも言えば、こう返ってくるはず。「うちは毎日閉店してますから」そして翌日の朝、また「開店」する、そういうシステム。

事例を挙げればキリがないけど、とにかく大阪は「売る」ことにガメツイ。買う方もそれを楽しみなのだ。
店員さんとの会話して、そのトークがオモシロかったら買っちゃったりする。それが大阪の買いもん、なのだ。

で、東京。
どうも、店員さんはみんな「売る」ことに興味がないように思える。
ただ、来た客をさばいてお金をいただく。そんな商売の仕方をしているように思うのだ。
一例として、プリンターの故障で薬局に行った時の話をしよう。

「プリンターで薬局……は?」と思われた方のために、まずは回りくどい説明から始めなければならない。

あたしは今回の上京で、大阪の実家からプリンターを持ってきた。
型は古いけど、スキャナ、コピーなんかが付いてるなかなかの優れもの。こやつはイロイロできるだけあって結構でかい。狭いワンルームの部屋の中でかなりの存在感を出して居座っている。邪魔だけど、まあ仕方ない。文章を書く仕事をしていると、プリンターは相棒みたいなものなのだ。

上京して1週間たったころ、相棒がついに東京デビューを果たす時が来た。
東京用の名刺印刷、これが彼に与えられた最初の指令である。
名刺作り専用のソフトでデザインを終えたあたし。パソコンと相棒をUSBでつなぎ、画面上の【印刷】をクリック。すると、相棒はウィンウィンとうなりを上げた後、勢いよくガシガシ、ガシガシ、と動き始めた。ちなみにガシガシ言ってるがインクジェットプリンターである。
しかし相方の東京初仕事は、ずさんであった。あたしは印刷された名刺を見て「なんやこれ!」と叫ぶ。あたしがデザインをした名刺はドット柄のガーリーなもの。しかし、相棒が吐き出した名刺はなぜかボーダーなのだ。
……なぜに、しましまっ?!
気を取り直して、もう一度【印刷】を押しみる。しかし結果はまた、しましま。

……ここで、事態を理解した。詰まったか、と。
インクジェットプリンターは、しょっちゅう使っていないとヘッドの部分のインクが乾き、カチカチになってしまう。大阪からの長旅と、しばらくモノクロ印刷しかさせていなかったせいか、相棒のカラーインクは目詰まりをしていた。でもここで慌てることもない。クリーニングってやつをすればいい。
【クリーニング】という指令をだすと、相方は、ウィーン、キー、キィー、ドーーと音を立てて自らを綺麗にしていく。もう一度、名刺を印刷してみる。結果は……しましまだ!
まだ希望は捨てちゃいけない【強力クリーニング】というボタンがある!
強力クリーニングを指示すると「インクを大量に消費しますがよろしいですか」というメッセージが出た。一瞬たじろぐあたし。が、こちらも結構切羽詰っている。「はい」を選択。すると相棒は、先ほどのウィーン、キー、キィー、ドーーを3回くらい繰り返し、長い時間をかけて自らを洗浄していった。おそらくものすごい量のインクを消費しているんだろう、シアン(青色のインク)が途中無くなったので、新品を買ってきて下した。

これでもういけるだろう、と思って名刺印刷を再開。
しかし……ダメだった。
何度やっても、名刺がしましまになる。くそ、くそぉ!あんなにインクを消費したのに!新品のシアンも買ってきたのに!

あと残された手段は……解剖、か。
機械オンチのあたし。やったことないし、素人がやってはいけない領域だと分かっている。良い子はマネしないでっていう領域だ。下手すりゃ壊れて、プリンターはお陀仏になる。
……でも最近のあたしは悪い子だ!その上に、急いでた!せっぱつまっていた!明日……絶対に名刺が必要だ!
相棒の死を覚悟し、あたしは解体に必要な材料をネットで調べた。

〝無水エタノール〟もしくは〝イソプロピルアルコール〟
これでヘッドの部分を洗え、とどこかの裏サイトに書いてあった。薬局・ドラッグストアに売ってるらしい。よっしゃ、私が住む高円寺は薬局がいっぱいある。どっかには売ってるやろう。

(お待たせしました。これでやっと、まわりくどい説明は終了です)
先に状況説明しておくと、この時のあたし、結構焦っていた。さっきから何度も言ってるけど、明日までに名刺を印刷しなくちゃいけない。やばい。必死。崖っぷち。藁をも掴む気持ちで、薬局に向かっている。
それを理解したうえでこの先、読み進めていただきたい。

まず、一件目。Tドラッグ。ここは家から一番近いのでよく行く。
この薬局でティッシュや洗剤は買ったことがあるが、無水エタノールなんてものは見たことがない。どんな容器にはいっているのかもさっぱり見当つかない。
中年の男性店員を捕まえて聞く。
「無水エタノール、もしくはイソプロプロピルアルコールはありますか」
「それは無いですけど……」と言いつつ薬品が並べられた棚の前に連れて行ってくれた。よくわからないカタカナの液体たち。ええっと、無水エタノールもイソプロピルアルコールもないんやんね。で、でもここに連れてこられたということは、代わりなる液体はあるってこと……?
振り返ると店員さんは、いない。
え、連れてきて、放置ですか!
……ちょっとは相談に乗ってくれたっていいのに!「何に使うんですか?」って聞いてくれてもいいのに!せめて、イソプロピルとか変な薬品を手に入れようとしている、この素人くさいオンナを怪しむくらいはして欲しかった。
悲しくなって、Tドラッグを出る。

二件目。Sドラッグ。ここは駅から近くて安いので、いつも大勢のお客でにぎわっている。レジにはいつもお客さんの列。店員さんもみんな忙しそう。あたしは商品補充をしている割と暇そうな男性店員に声を掛ける。しかし、振り返った彼は見るからに新人のバイト君。案の定、なんとかエタノールもイソプロピルなんとかって名前も覚えられずに、先輩薬剤師に応援を求めに行った。先輩薬剤師、忙しそうにレジをこなしながら、なんかバイト君に言っている。
「すみません、ないです……」
戻ってきたバイト君は、すまなさそうに言った。うーん、忙しい薬剤師はあたしの相談に乗ってくれないのね。でも申し訳なくする新人君がなかなか可愛かったので許そう。私はSドラッグを出た。

三件目。М薬局。ここは小さな薬局でお客さんが少ない。店員さんもみんな手隙のようだし、もしかしたら込み入った話を出来るかもしれない。淡い期待を抱きつつ店員さんに声を掛ける。「無水エタノールか、イソプロピルアルコールはありますか」
背が低いおばちゃん薬剤師が対応してくれた。あった。無水エタノールがあった。どーん、と私の前に出されたのは、500mlの予想以上にでかい容器。でかい。こんなにいらん。
「もうすこし小さいのはないですか?」
「ないです」即答する薬剤師。……ないのか。今は藁をも掴む勢い。これを買うしかないのか……と覚悟を決めるあたし。値段を聞いてみた。「おいくらですか」即答する薬剤師。
「1200円です」
……高っっ!ちなみに200~300円くらいで買えると思っていた。ネット上にも100円くらいで売ってるよ、と書かれていたし。思わず苦笑してあたしは言った。
「高いなぁ……」
別にマケて欲しいから言ったんでは無い。ただ、流れとしてこう言ったのである。こういう場合、私の経験では店員さんからはこんな返事が返ってくる。「これが妥当な値段ですよ」「めったに売れない商品なので仕方ないですよ」そういうやり取りをして、それなら仕方ない、と買ってしまうのが消費者だと思う。しかし東京の薬剤師は違った。私の「高いなぁ」に対してこう言ったのだ。
「はぁ、」
ええー!予想以外の返答になんかキョドルあたし。「はぁ、」って言われたら、ここで会話終了ですよ?!ってか、なんやこの辱められた気分は?まるであたしが「負けてぇな、お願い」って言ったみたいな空気やん!
どうしよ、どうしよ。……気づいたらМ薬局を出ていた。
難しい、東京で買いもんって難しい。大阪の常識が感覚が、まったく通らない。

結局4件目のドラッグSで、なんとかイソプロピルアルコールを見つけ、500円で購入した。買えたけど、なんかどっと疲れが出て、ヘトヘトだ。でも名刺を印刷するという目的はまだ果たされていない。休む暇なんてない。手に入れた怪しい薬品を使って、プリンターのヘッドを洗浄した。分解して、詰まっている部分のインクを溶かして……一時間くらいかけて作業し、なんとか、完了!
いざ、印刷!
相棒がウィンウィンと動き出す。さっきより心なしか、軽快な音に聞こえる。

そして、出てきた名刺は……しましまだった!
……なんやねんっ!

悲しい、悲しすぎる……。頑張って苦労して買い物したのに、相棒は期待に応えてくれなかった。結局、名刺は作れずじまい。代替品として、大阪の時に使っていた名刺が数枚残っていたので、それを持っていくことになった。

はぁ……、東京ってホント大変よね。

第1回 コーナンがない


東京はなんでもあるから不便はしないと思っていた。
しかし、ないものがあった。それは……
ホームセンター〝コーナン〟

……いや、あるっちゃあるみたい。あるんだけれども、遠いし少ない。え?たったの4店舗。しかもかなり郊外やん?
大阪には90店舗のコーナンが点在している。
大阪人は近所に〝コーナン〟があって当たり前。大阪人は必ず、最寄りのコーナンを把握している(……はず)
東京にも当たり前のようにあると思っていた。でもまさか、近畿中心の会社だったとは……かなりカルチャーショックだ。

知らない人のためにコーナンを説明しよう。あたしの知っている限りのコーナン情報だから偏りはあると思うが、ほとんどのコーナンはこうである。

① 店内が広い。だだっ広い。大体ワンフロア(大阪市内を除く)。
② 安い。コーナンブランドもいっぱいあって、なんかお買い得感満載。
③ 駐車場がこれまた広い。大体店舗面積と同じくらいある。そして駐車場の隅(もしくは店舗の入り口)にはとてつもなくでかい園芸コーナーがある。
④ 商品数が多い。意味の分からないものまで置いてある。

最後の④の「意味の分からないものまで置いている」という点を掘り下げてみよう。
コーナンには意味の分からないものが置いている。プラスチックだったり、金属だったり、紙だったり。
何に使うんだろコレ、というその商品は、何故か魅力的。なんか生活に役立ちそうなのだ。こんな使い道があるんじゃないか、ここにつけてみたらどうか……なんていつの間にかワクワクが広がっている。まるで夏休みの工作を楽しむ小学生の気分だ。
そんな意味の分からないもので溢れているコーナンに行くと、つい隅々まで見たくなって、かなり長い時間いる羽目になってしまう。

特に高校生の時に、よくコーナンにお世話になった。
あたしは演劇部に所属していて、部活動中によくコーナンに買出しに行った。なんと学校から徒歩3分という近さ。素晴らしい立地。
うら若き乙女たちが向かうは、工具・木材・塗装のコーナー。そう、大道具を作るための買出しだ。
「電ドリ欲しいよなー」
「このビニール安っ!防水シートに使えるかもな!」
「なんか良くわからんけど、これさ小道具に使えるんちゃう?!しかも29円って安いし!」
そうやって意味の分からない金属片に一喜一憂したものだ。
高校2年生の時に、トイレを舞台にした演劇をすることになり、便器を買いに行ったこともある。
便器は……高かった。5万~10万した。部費ではとうてい買えない。
でも、コーナンには売っている。便器の種類もかなり豊富だった。あたしたちはコーナンで、便器の〝ピン〟から〝キリ〟を勉強した。何故この便器は高額なのか。当時のあたしたちは知っていた。
部内の財布を握っている舞台監督の女子が、陳列棚に並べられた便器たちを見て言った。
「トイレが舞台の話なんて、いったい誰が書いたんや!?」
「あなたの隣にいる、あたしが書いたんですよ」とあたしが言うと、彼女は笑った。便器を前にして二人で笑った。「いい作品にしよーな」って言って笑った。
……なんだかんだいって、青春だったと思う。
結局、プラスチック製の和式便器カバーなるものを買って、その日は帰った。
コーナンにはそんなものまで売っている。

あと、コーナンには〝コーナン・プロショップ〟というのがあって、ここは、もっと意味不明なものがたくさん売っている。土木・塗装・建築資材専門店になっていて、お客さんは、だいたい作業服か地下足袋の男性だ。ハイヒールでプロショップに行ったとき、コツコツという足音が店内でかなり浮いていたのを覚えている。

さて、東京暮らしに話をもどそう。
あたしは、お皿もお鍋もカーテンもバス用品……生活に必要なものはなにも持って来なかった。
「東京のコーナンで買えばいっか」
って思ってたからだ。

……探さなくては。コーナンに代わる東京のホームセンターを探さなくては!

隣の部屋の女の子(仲良くさせてもらっている)が地元の子なので聞いてみた。
「このへんホームセンターってある?」
すると女の子は答えた。

「中野に〝しまちゅ~〟があるよ」

し、しまチュウ!?
プッ、なに?ポケモンの仲間ですか。(しまちゅ~で働いている人ごめんなさい)しかも、聞き慣れない店名だったので、部屋に帰ったとたんに忘れてしまい、ネットで『中野 ホームセンター』で調べた。すると『島忠』という漢字の店名がHITした。んー、どうやらポケモンの一種ではなさそうだ。

……まあ、せっかく教えてくれたんだし、ということで行ってみた。
島忠ホームズ中野本店へ。(あ、そういえばホームズという名前は聞いたことがある。たしか大阪にもある)
なんか背の高い建物だった。駐車場は立体になっている。
外観からして、高級感が漂っている。コーナンのような素朴感はない。
まずは上階のインテリア・家具コーナーへ。コーナンにはこういう大きな家具売場がないから、ちょっと新鮮だった。ホームセンターに家具が売ってるなんて、便利やんっと意気揚々とフロアをめぐる。
テレビ台、ソファーなんかが欲しかったから見に行ってみたが……う~ん、でかい。全体的にでかい。そして予算オーバーの品々。婚礼家具やファミリー向けのインテリア商品が並ぶ店内。見ているのはお金持ちの夫婦が多かった。ちょっと場違いな気がして、急いで下のフロアへ向かった。

下の階は生活雑貨が売っていた。あたしがいままさに欲しいと思っている、お鍋や、お皿や、洗濯バサミやらを次々とカゴに放り込んでいった。必要なものを買いまくっていると、お会計がゆうに1万円超えてしまった。……や、やるな島忠!
コーナンと比べると値段が高い!でもまあ気に入るものも見つかったので良しとしよう。

島忠に行って1週間ほどたってから、あたしはもっと近所にホームセンターがあるのを発見した。高円寺北口から歩いて徒歩2分。うちから歩いても5分かからない距離!
そのホームセンターの名前は……

〝オリンピック〟

……お、おりんぴっく!!

名前でやられた。すごいよ東京。
オリンピックの話は書くと長くなりそうなので、またいずれ。