「皇居ラン」
この言葉には、なんだか〝もんのすごいリア充〟な匂いが漂っている。
「昨日、皇居走ってきたんだけどー、すっごい人がいっぱいでー」そんなことをサラッと言うやつは何となく鼻につく。はいはい、東京オサレ生活自慢ねーと。
そんなあたしが、まさか皇居ランデビューするとは……。
*
東京はいまランニングブームである。
街を歩いているとサングラスを付けた寡黙なランナーに高確率で出会うし、東京マラソンなんて参加費一万円とられた上に街中を走るだけのイベントなのに、希望者殺到ですごい倍率らしい。
まあ、そんな健康趣向なブームとは、縁遠い生活をおくっていたあたし。
高尾山登山(第7~9回 東京登山部。を参照)の時にも書いたが、あたしの運動不足は相変わらずで、毎日の運動なんて、駅の階段を走って上がって駆け込み乗車するくらい。その上デスクワークが多いせいで腰痛に悩まされ、不健康街道まっしぐらである。
これじゃいかんよな…。
運動、しなきゃなぁ。
そんなことを頭の片隅に置きながらやってきた、2013年1月1日。元旦。
日本中の人たちが何か決意をしたり抱負を述べたりするこの日。そう、この日ならではの勢いで、一つ宣言をしてみた。
「今年は皇居ラン・デビューするーーー!」
ははは、皇居ランするやつなんて鼻につくと思っていたけど、結局のところ憧れておったのですよ、あたしも。
だって、なんか、カッコいいやないか皇居ラン。
リア充っぽいやないか、皇居ラン。
大阪の友達に、「あたし最近、皇居走っててさー」とか言ってみたいやないか!
ということで、さっそく皇居ランについて調べてみた。
皇居は一周5キロくらいあるらしく、東京のランナーたちの聖地のようだ。颯爽と走るベテランランナーたちの横で、デトデト靴を鳴らして走ってゼイゼイハアハア、バテバテでギブアップ…だなんて恰好がつかない。まずは皇居でデビューするためのトレーニングが必要だろう。
「近所、走るか……」
そんなあたしのボヤキを聞いていたのが、バイト先の同僚であり趣味はワンコとランニングというKさんである。Kさんがあたしにアドバイスをくれた。「初心者は距離やスピードよりも、時間だね!最初は10分、15分でいいから、ゆっくりと走ることから始めたら?」
*
ということで、その翌日の土曜、朝8時。
休みの日なのに鳴り響くアラーム音に心地よい睡眠を邪魔されて、早くも心が折れそうだったけど、この上ないランニング日和な晴天であったことと、週明けKさんに「ちゃんと走った?」と問い詰められることを考えて、渋々布団から脱出。
寝ぼけ眼で、ランニングするための運動着をタンスから出し……そこで、ばっちり目が覚めた。
……運動着なんて、ない!
そうそう自主的にスポーツなんてちっともしてこなかったあたしは、ジャージみたいな都合のいい物を持っていない。ちなみにこの日は真冬の1月だから、Tシャツ、短パンなんかで走るわけにはいかない。
結局、衣装ダンスの奥の方に眠っていた、黒のパーカーと、短パン(どれもスポーツ用ではない)を引っ張り出した。そして防寒用にタイツを装着し、首にタオルを巻いた。
もちろんランニングシューズなんて特化したものは持っていない。高尾山登山の時に買った、なんてことのない黒のナイキの運動靴を履いた。
Kさんのアドバイスに従い、ゆっくりと走ることを心がけ、家の前を出発した。
うん、なかなか順調な滑り出し。
雲一つない晴天。冬の空気は乾燥しているけど、冷たくて気持ちいい!
なーんだ、ランニングって結構いいもんじゃないか!
一戸建てが並ぶ閑静なエリアはどことなく地元大阪の風景に似ていて、あたしは走りながら小学生の頃のマラソン大会を思い出した。
学校近辺の公園や住宅エリアをぐるっと周るマラソンコース。マラソン前にあたしは、小学生にありがちな根も葉もない噂「ヒッヒッフーと呼吸すると息が苦しくないらしい」というのを小耳にはさみ、「妊婦もやるんだから一理ある」と信じてラマーズ法でマラソンを完走した。順位はまあまあだった。
せっかく思い出したので当時の呼吸法で走ってみた。
ヒッヒッフー、
ヒッヒッフー
お、楽かもしんない。
と思ったのは最初の三十秒だけだった。冷静に考えればそんなに楽ではないし、むしろ酸素過多でいつか倒れてしまいそうだ。小学生のあたしよ、よくこれで完走したものだ。すぐに普通の呼吸に変えた。あたしも大人になったのだ。
ちなみに今日はトレーニング初日と言うことで、コースは短めに設定した。マンションの前から東高円寺の駅に向かって南下し、蚕糸の森公園に着いたら折り返し戻って来よう、というコース。いったい何分かかるのか分かっていなかったのだが、気持ちよく走っていたおかげか、10分少々で蚕糸の森公園についた。
初めて訪れる錦糸公園は、背の高い木々が植わっていたり園の中心に川が流れていたりと、なかなかいい公園だ。広場で行われている太極拳やコントの練習を横目で見つつ、お散歩中のワンちゃんに絡まれないように注意しながら公園を走った。
公園の中や周辺はランナーが多い。若い学生さんから中年のおじさんまで、年齢性別はさまざまだけど、みんな「毎日走ってる」って感じ。軽やかな足取りでペースを保っている人もいれば、ものすごいスピードでストイックに走りこんでいる人もいる。そんなランナーたちと自分を比べて、なんだか恥ずかしくなった。
みんな、見るからにランナーなのだ。
……なにがって、走りっぷりよりアレだ、
服だ、服!
カラフルな色のウィンドブレーカー、マラソン選手が履いてるようなショートパンツ、サポーター機能付きであろうスパッツ。キャップ。サングラス。
コーディネートがザ・ランナーっていった感じ。
こちとら、中学生のころから愛用している黒のパーカーに、寝るときに履いてる短パンだ。
そこで知った、ランニングはシンプルでお金のかからないスポーツだと思っていたがそんなことはなかった。オサレなウエアを買わにゃできんスポーツだ!
皇居なんて、庶民の公園と違ってランナーの聖地だ。アディダスだったりナイキだったりの店のマネキンが着ているような最新モデルがゴロゴロいるのだろう。
白い目で見られないために、ウエアを買いにいかねば……。
皇居への道のりは……遠い。