第9回 東京登山部。やっとこさ登山編


登山口のすぐ横に、ロープウェイの乗り口が見えた。このロープウェイに乗れば一気に山の中腹まで行くことが出来るらしい。乗り口に流れていくお客さんを横目で見て、心の中で呟いてみた。
「山の良さを分かってないな」と。
そうだ自分の足で登らないとどうする。あたしたちが目指すは健康という名の頂上なのだ!
ゆけ!ゆけ!登山部!

まず、あたしたち登山部を待ち構えていたのは、アスファルトの路面であった。山を登っているというより、林の中を散歩している気分。
登山部が三人で並んで歩くことができるほど広い道で、こうなったら女子三人、喋る喋る喋る。仕事のこと、家庭のこと、恋愛の話……。
Kさん、Hさん、あたし。そういえばこのメンバーでゆっくり話す機会ってなかったよね。大自然の中という解放感のせいか、みんな饒舌に。いやぁ、ほんとによく喋って笑った。

……と思っていたのは最初だけ。
5分も経つとどんどん口数が減ってくることになる。

……ハァハァ
喋ると息が切れる。

……ゼェゼェ、ゴホォッ
面白い話をして大笑いなんかしたら、むせこんでしまう。
あれ、高尾山ってなんか……思った以上にキツくない?日常生活で感じることのない、〝アキレス腱の伸び〟感じていた。顔を上げると目線の、はるか上の方に人が歩いてる!なにこれ、山やん!(当たり前)めっちゃ角度、急やん!
運動不足のあたしたちにとてはかなり過酷な道。ついに三人、無言に。じんわり……というかダラダラ汗が流れ落ちる。登って30分も経っていないのに、この運動量。先が思いやられるという言葉が、ふさわしい展開になってきた。

あたしたちは登っては休憩、登っては休憩を繰り返しながら足を進めて行った。なめてたわ、高尾山。
そう言えば……
「ちびまる子ちゃん」の遠足に行く話を思い出した。「後ろ向きに歩けば楽だ」とか「身体を前に倒すと勝手に足が出て、否応なしに進める」とかいうエピソード。あたしがまるちゃんと同じ年のころ、遠足で実践済みの技である。懐かしいし、是非やってみよう、ということで2つとも試してみた。
……うん、意外にいい。
とくに後ろ向き。アキレス腱への負担が軽減され、なんとなく楽に登れている気がする(あくまで個人的に)
……でも、なんか……ちょっと……周りの目が恥ずかしい。あ、あいつらちびまる子ちゃんやってるじゃん、そう東京人に思われてはしゃくだ。
ということで、前を向いて普通に歩くことに。
あたし、大人になった。

頑張って一時間くらい歩くと、見晴しのいい場所に来た。ロープウェイの終着点なんかがあるポイントだ。すこし開けた場所で、東京のビル群が見渡せる。遠く見えないところまで広がる人工的な建物に、東京って巨大な都市なんやな、と改めて感じた瞬間だった。

そう、ここまで来たら山登りは後半戦に突入。
そろそろ、吊り橋コースのある4号路への分岐点があるはず。
でも分岐点が見当たらない。
……あれ?どこ?もう過ぎた?……ってか、立て看板とか出てないの?
道に迷ったあたしはアイフォンのアプリ〝マップ〟を起動させ操作したが、東京のくせにまさかの圏外!(……まぁ、山だし)まったく役に立たなかった。やばいぞ。登山部部長たるもの、みんなを頂上へ導く義務があるのに!
駅前にあった案内板の地図を必死に思い出す。たしか、なんとかっていう門をくぐったら4号路の入り口があったはず。これではないかという門をくぐり、こちらではないかという方へ行ってみる。「ここから4号路・吊り橋コースです」とかいう決定的な看板がなかったので、ちょっぴり不安なまま前に進んでいく。
選んだ道は、舗装されておらず、でこぼこの山道で歩きにくい。しかもやたらと細い道で、その幅は1.5メートルほど。そんな細い道を下山客とすれ違うのはかなりスリリング。お互いに道を譲りあいながら、ちびちびと足を進める。

100メートルほど歩いて気が付いた……なんか下山客が多くない?と。現在時刻はAM11:00。まだまだ午前中なのに、頂上に向かう人より、降りてくる人の方が多いのだ。あれ?なんで?山登る人たちってめちゃめちゃ早起きなの?
疲れきった脳みそをフル回転させ、洞察力のダイヤルをMAXにして考えてみた。
……もしかして……これって、みんな……
引き返しているのでは?
実は4号路だと思って進んでいるこの道。そもそもコースなんかではなく、ただの山中の私道なんじゃ?……ってことは行きつく先は……民家だったりして。
そしてさらに不思議なことに、頂上に向かって登っているはずが、さっきから下り坂が続いている。……なんで?不思議と不安があたしを襲う。
でももう引き返せないくらい歩いたぞ。もう、こうなったら4号路だと信じるしかない。そんな葛藤のさなかに、私の目というレーダーが一つの建造物をとらえた。

……あ

……もしかして、アレ?

はいでましたー、吊り橋。
この道、ちゃんと4号路でした。チャンチャン♪
……それにしてもこの吊り橋。想像していたのと……なんか全然違うんやけど。
目の前の吊り橋は、割と小さくて吊り橋というほどの繊細さがなく、100人乗っても大丈夫なほど頑丈そうだ。
あたしの想像では……高さ50メートルくらいの高所で、下を見るとゴウゴウと流れる川が。手すりがロープ。歩くたびに橋が揺れてドキドキ。ちょっといたずらっ子の男子がわざと橋の上でジャンプしたりなんかして、女子が「きゃー揺らさないでー」で叫んだりする……なんかもっと、こう、スリリングで危うい吊り橋を思っていたのに……。「キャー怖い」とか言えないこの環境に、ちょっとがっかり。
15秒ほどで安全に渡りきって、また山道を歩き始めた。

皆黙々と登って2時間ほどたったころ。あたしたちはいつの間にか細い山道から、舗装された道に合流した。そろそろ頂上ではないか?と期待していると、なんか広場に出た。まぁ広場というには狭い感じなのだが、とにかく……なんやここ。もんのすごい人が地べたに座ってご飯を食べている。こないだ台風の時にテレビで見た、新宿駅の帰宅難民の映像が脳裏をよぎる。
人ごみをかき分け広場の中央にたどりつくと〝高尾山頂〟という文字を見つける。あたしたちが目指していたゴールはどうやらここのようだ。もっと見晴しのいい高台なのかと思っていた。しかし山頂での見晴らしの景色は……人の山であった。

なんとか3名が座れるスペースを見つけ、お弁当を広げた。
人がひしめき合う中ではあったが、ちょうど近くに綺麗に染まった紅葉の木があり、なかなかの特等席ではあったと思う。

少し話をして、下山の前にお手洗いに寄りたいね、って話になった。近くのトイレを借りようと行ってみると、思った通り列が出来ていた。「40分待ち」の張り紙。ここはディズニーランドか。
……待ち時間の短いトイレを探し、山頂付近をウロウロするあたしたち。なんとか空いてる公衆便所を発見することができたので大事に至らなかったが、このシーズンの登山には膀胱炎がつきものとなることを思い知らされた。

あとはもくもく下山である。今度は最もポピュラーな1号路を通って帰った。
登りよりは下りは楽。でも疲労というお土産を背負っているあたしたちの足取りは、そう軽くない。何か話しながら帰った気がするが正直言って、話した内容を覚えていない。ゆえに下山のエピソードが書けなくて、今非常に困っている。
……そういえば下山途中に神社があって寄ってみると、いろんな天狗がいた。が、どんな顔をしていたのかほとんど覚えていないが、どうやら名所のようだったので立ち寄れて良かったということだけ書いておこう。

朝にぐびっと飲んだ栄養ドリンクのパワーはもう使い果たしてゼロ。
リフトやロープウェイを使って降りることも、ひそかに検討したが「50分待ちです」のアナウンスを聞き、余力で降りる決意をした。最悪、寝転がってコロコロ転がれば、下まで行けるだろうとまで考えた。それくらい、あたしは疲労を抱え歩いていたのだ。

そして、何とか無事下山。
ふらふらとした足取りでお茶屋に入った。
糖分の威力はすごい。あんみつを食べた瞬間に脳みそがまたギュンギュン回り始める。すこし部長らしい発言でもしてしようと、今回の活動の総括をしてみた。
「みなさん、お疲れ様でした。今日はどうでしたか」
部員たちの顔には疲労の色がにじんでいる。
「それで……今後の登山部の活動ですが……」
あたしは、歩きすぎてパンパンのふくらはぎをさすりながら言った。

「……今後は……登山にとらわれない活動をしましょう」

部員たちが、ホッとした表情を浮かべる。そう、運動不足のあたしたちからすると、高尾山はちょっとレベルが高すぎた。ゆくゆくは富士山山頂……とか無謀なことを考えていたが、それは身の程知らずってやつだ。
「……これからは、山にとらわれることなく、ボーリングとかカラオケとか飲み会とか……みんなでワイワイできるレクリエーションを企画していきましょう」

……ということで、3回にわたって書いてきたこの〝東京登山部。〟やっとこさ終わりです。しばらく登山に行くことはなさそうなので、シリーズ化はできません。あしからず。
ではみなさま、よいお年を。

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