第13回 ほうげんの戦い


最近、自分が何弁を喋っているのか分からない。

早いもので、あたしが東京に来て、9か月経った。
このエッセイでも書いたが、上京したてのころ街中から容赦なく聞こえてくる東京弁にはかなりやられた。(プロローグ:上京物語を参照→こちら)「じゃん」「だよねー」「ウケるー」そんな言葉を耳にするたびに、違和感を感じ、嗚呼あたし東京におるんやなと感慨深い気持ちになった。
そして、上京して間もなくのあたしは目標を立てた。
大阪弁と東京弁を違和感なくつかいこなせるバイリンガルになろうと。
東京で大阪弁を大声で喋るにはちょっと勇気がいるのだ。苦い経験がある。

そのころあたしはまだ大阪在住で、東京に遊びに来ていた。
あたしは友達と二人で、渋谷に買い物に行こうと都心を走るバスに乗っていた。久しぶりに友達に会い嬉しかったので、あたしはとっておきの「すべらない話」を披露した。そう、コテコテの大阪弁で。「一万円を拾った」話で一番お得意のネタなのだ。
「こないだ、めっちゃオモロイ話があってなぁー……」
〝ちょっとテンションの高い大阪の女の子が、コテコテの大阪弁で喋っている〟……いつのまにかざわついていた車内が静かになり、気づいたらバスの中はあたしの独演会になっていた。しーんと聞き耳を立てるバスの乗客たち。張りつめた空気。きっとみんな思ってるに違いない「大阪の笑いってやつ、見せてもらおうか」と。
ビビった。大阪の芸人さんが東京では緊張してうまく喋れない、と言っていた理由が分かった。話を途中で辞めようかと思ったがここで止めたらもっと不自然だ。なんとかオチまで話せたが、「すべらない話」は見事にすべってしまった。
恐るべき殺傷力!
あたしは大阪弁を封印しようと決めた。

しかし、だ。
完璧に東京に染まってしまうのもいけない。
地元大阪に帰った時に「その話、マジでウケるじゃん」なんて言おうもんなら、仲間にボコボコにされる。あいつは東京に魂売った、と言われてはしゃくだ。
つまりバイリンガルになる必要があるのだ。
その時々に応じて【大阪←・→東京】の言語スイッチを切り替える。
東京では「その話、マジでウケるじゃん」と言い、大阪に帰ったら「あんた、めっちゃオモロイやん」と。そうTPOに合わせた使い分けが大事だ。

この9か月間、東京弁を習得しようと頑張り、そして大阪弁を出さないように気をつけていた。
しかし数日前、初対面の人に会話5秒で関西出身を見抜かれてしまった。

東京人「どちらの駅までですか?」
あたし「赤羽橋まで行きます」
東京人「関西出身ですか?」
あたし「……ぅえ?!」

出てるの?!……関西の風味、出てるの!

そうか「赤羽橋まで行きます」ってイントネーションが間違ってたのかもしれない。〝あかばねばし〟は「ね」がアクセントだと思っていたが「あ」かもしれない。「あ」かばねばし。いや、それはないか。

そう、関西と関東ではイントネーションが違う。とくに地名。
たとえば〝きょうどう(経堂)〟という東京の地名。あたしは頭文字の「きょ」にアクセントを置き、「きょ」うどう、だと思っていた。大阪でいう「京橋」と似た発音。しかし、東京人は「きょーどー」と言うのだ。抑揚なくなんかのっぺりとした発音で「きょーどー」。なんだこれ、気持ち悪い。
例えその②。〝てんのうじ(天王寺)〟という大阪にある地名。大阪人は当たり前のように「の」にアクセントをつけ〝てん「のー」じ〟と抑揚たっぷりに発音するが、東京の人は違う。「て」にアクセントを置く。〝高円寺〟みたいな感じに〝「て」んのーじ〟。この前東京の人が「とときさん〝「て」んのーじ〟ってどの辺?」と言ってきて、ぷぷぷっと笑ってしまった。
……いやいや。笑い事ではなかった。あたしも笑われぬように、東京アクセントをマスターしなくては。

アクセントと言えば。あたしが大阪でシナリオの勉強をしていた時、同じスクールに通う鹿児島出身の男の子がいた。彼は特有の方言単語(「おいわぁ」とか「そげん」とか)は使っていないが、地方出身者だとすぐに分かった。教科書通りの言葉を話していても、イントネーションが鹿児島なのだ。一言で言うと、なまっている。
きっとあたしも同じで、「~やねん」「~ちゃう?」というコテコテの大阪弁単語を封印したとしても、なまっているのだろう。

アクセントという大きな壁を越えられない理由に心当たりがある。
最近、東京にいるのに大阪の知り合いが増えてきたのだ。東京在住の大阪人ってのは本当に多い。そして出会ってしまうと、出身が一緒というだけですぐに仲良くなってしまう。
大阪出身者と会う時は、もちろんためらいなく大阪弁だ。隣の席からものすごい東京弁が聞こえてきて、THE・TOKYOを感じさせられても、仲間の団結力で大阪弁を喋る。
変な話だが、大阪人とつるんでいるときだけは「東京に染まったヤツ」という風に見られたくないのだ。普段は「あたし、東京人間よ」と澄ました顔で街を歩いているくせに。

なーんや結局、大阪弁ぜんぜん抜けてへんやーん。と最近、開き直っていたのだが……
気づかぬうちに東京に染まりつつある自分もいた。

この前、「いつもの電車に乗り遅れるー」とダッシュしたのに、駅に着くと人身事故で電車が止まっていた。
ホームにある掲示板を見ながら、あたしはポロッと呟いた。
「止まってんじゃん」
言った後で、びっくり。「じゃん」がでた。「じゃん」が!あたしの口から!
まさか、呟きが東京弁になってるとは。対外的に東京弁を喋ろうと思って努力して失敗してんのに、自分に掛ける言葉に「じゃん」がでた……。

……もうよく分からん。
コトバ問題に奮闘し、たどり着いたのがこれだ。「交じった」
【大阪←・→東京】の記号で示すなら矢印のちょうど真ん中にある【・】の位置にいる。ニュートラルな位置。
しかもこのスイッチは自分では制御不可能で、なにかのタイミングで【大阪】になったり【東京】になったりする。そう、スイッチは壊れているのだ。

まぁ、まだこれは途中経過報告だ。ゴールではない。もう少し時間が経てば、完璧なスイッチを身に着けていることだろう。
なにか変化があったら、またここで報告しようと思う。

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