第23回 ウワサ通りの黒いそば


 

 

関東と関西では、うどん&そばの汁の濃さが違う。というのは有名な話。

あたしは生まれも育ちも大阪なので、うどん&そばといえば透き通ってる汁が思い浮かぶ。
うどんの塗り絵と色鉛筆を渡されたら(どんなシチュエーションだ)、汁の部分はベージュを薄ーく塗るだろう。
関東の人たちは何色を塗るの。茶色?まさか黒?

東京人は知らないだろうが、関西人はみんな、あの「黒いそば」のことを「食えたもんじゃない」「ありえん」「醤油地獄」と大批判している。
じゃあ関東の人は関西風の色の薄いうどん・そばのことをどう思ってるのか聞いてみた。否定的な意見が飛ぶのかと思えば、みんな口揃えて「だしが効いててめちゃくちゃ美味しい」と大絶賛してくれる。
そう、意見は一致しているのだ。関西風の方が美味しいと。
「じゃあ、関西風ばっかり食べたらいいやん!」そう東京人に意見してみたが、返ってくる言葉はみな一様にこれだった。

「黒いのに慣れてるから……」

……ええ、慣習で黒そばを食べ続けている東京人!!
美味しいと思うものを食べたらいいと思いますケド!!
みんな目を覚まして!!

と、まぁ、それはおいといて……
東京に来たからには、一回くらいは「黒いそば」を体験しないと……と思っていた。食べたこともないのに、批判するのはどうかと思うし。
でも蕎麦屋って牛丼屋と一緒で、女子一人ではなかなか入りにくい空気がある。じゃあ家で作るか、となるとやはりそれは慣れ親しんだ関西風になるわけで……。

そんな時、チャンスがやってきた。
東京に来て1カ月ほど経ったころ、バイト先の上司から「昼メシでも食い行くか」と誘われる。ちなみにこの上司は、うちの父くらいの年齢で生粋の江戸っ子。「てやんでぃ」と言ってても違和感ない人だ。
わーいわーいと呑気について行くと、先を歩く上司が入った店には「そば・うどん」と書いてあった。

ごくり……
ついにこの日が来たか……。
構えるあたし。

壁に貼ってあるお品書きには丼物もあるが(正直お米が食べたい気分ではあったが)ここはやっぱり「黒いそば」の洗礼を受けるしかない。もしかしたら上司も洗礼のために、あえて蕎麦屋に連れてきたのかもしれないし。
ということで、「きつねそば」をオーダー。運ばれてきたソレを覗き込んだ……。

……うーん、真っ黒。

テレビや写真で見たやつといっしょだが、目の前にあるというのが感慨深い。
黒々と濁った汁、すっぱそうな匂い……なんか食欲が減退していく。とはいえ、ここまで来たら腹くくって食べるしかない。上司もうまそうに食ってるし。

よしゃ、いただきます。
ずるずるずる。
……うーん。

初めて食べるそれは……
……なんというか「醤油」だった。
関西のそばがアルカリ性だったとすれば、関東のそばは酸性な感じがる。あ、分かりづらいですかこの表現。

「どう?ダメ?」
上司が聞いてくる。やはり関東風のそばを体験させてやろう、という昼食会だったのだ。ごちそうしてもらう手前、酸性の味がする、なんてわけのわからん感想は言えない。
「……美味しいです」
「ウソついちゃダメだよ」
「……思ったより美味しいです」
「思ったより?どんなふうに思ってたんだよ」
「……正直に言うと辛いです」
「辛い! 関西の人は辛いって言うよねー」
そう、「濃ゆい」という感想を「辛い」というのは西の人間だけだ。東ではこういう時「しょっぱい」というらしい。とうがらしのHOTな辛さにしか「辛い」は使わないのだそうだ。

もう一口。
ずるずるずる。

……うーん。
なんだろう、そばを食べているけど、これはそばではない。いやそばだけど。
うまく説明できないけど、「ちゃんぽん」は「ラーメン」ではないし、「お味噌汁」は「お吸い物」ではないでしょ?……そんな感じで「関東のそば」はあたしの知ってる「そば」ではないという感じ。

でもまぁ、「食いもんちゃう」と批判するほどではない。こういう食べ物だと思えば美味しくいただける。でもこの汁は……ちょっと……飲み干せないかな。途中でギブしちゃう。 東京人の上司も汁残してるし……いいよね、全部飲まなくても。

そして、食後しばし東京と大阪の違いの話になった。
ご存じの方もいるだろうが、関西には「たぬきうどん」が無い。(関西で天かすうどんは「はいからうどん」と言う)
そして、関西では薬味のネギといえば青ネギだが、関東では白ネギが主流。(黒い汁の上に緑色のネギが乗ってたら、見た目的にグロイかも)
……不思議だ。狭い日本なのに、そば・うどん一つとっても、こんなにも違うもんなんだ。
〝文化〟の違いについてしみじみ考えさせられた「黒そばデビュー」だった。

こないだ、知人に「東京名物の油そばを食べに行こう」と誘われた。
「油そば?!」見たこともないし、聞いたこともない。
どうやら新種のラーメンだという。
そのネーミングから想像するにきっと、ギトギトのぬるぬるのカロリー高くて胸焼けするやつに違いない!そう思ったあたしは「いや、ちょっといまお腹が……」とやんわり断った。でも「半分こしよう」という提案をされ、興味がなかったわけでもないので、ついて行くことにした。

注文品を待ちながら、数日前に見たテレビをふと思い出した。そういえば……グルメレポーターの彦摩呂さんが超ハイカロリーなラーメンを食べて「背油のゲリラ豪雨やぁ~」とか言っていたなぁ。
もしかして、それのことちゃう……?
どんぶり鉢の淵まで背油でギトギトなラーメンを思い出し、食べる前から胸焼けがしてきたが、やってきたのはそのラーメンではなかった。
油そばと初ご対面。器の中を覗きこんだ。

……なんと、汁がない!

どんぶりの中には、太めの麺と具のみ。背油もないし、汁気すら見当たらない。
そう「油そば」というのはテーブルの上のお酢とラー油をかけて食べる……というスープなしの、なんとも不思議なラーメンのことだった。
麺とスープが別になって出てくる「つけ麺」が最先端だと思っていたが、時代はいまや汁すらないのか!すごいな日本!

さてさて、初・油そばを頂く。

……お、おいしい!

驚いた。全然こってりしてない。むしろあっさりしている。
もともと麺にからんでいた醤油だれが、かけたお酢といい感じにマッチしてる。初めて食べる味に感動。あまりに美味しかったので、追加でもう一杯注文するくらい気に入った。

ということで、そばの固定概念を次々に打ち破ってくれる街、TOKYO。
大阪のみなさん、東京に来た際は「黒いそば」ではなく「油そば」をおススメしますっ。

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