第26回 ヒトカラと椎名林檎


 

 

 

「あー、カラオケ行きてー」

 

仕事のストレスが溜まりに溜まったある夜、ひとりで暗い夜道を歩きながら呟いた。

無性に歌いたい。

しかし現在時刻、深夜0時。そして間違いなく今日も明日も平日だ。

この時間からカラオケに付き合ってくれそうなフリーランスの夜型の友人を探したけれど、東京にはまだそんな友達がいない……。

 

ひとりカラオケ……するか……?

 

ファミレス、カフェ、映画……あたしは結構おひとりさま行動が好きなのだけど……カラオケだけは未体験だ。部屋でひとりで盛り上がっている図を想像すると、なんか恥ずかしくなってくる。

でもどーしてもカラオケに行きたい。歌いまくってこの体中に溜め込んだストレスを開放したい、いま、すぐにっ!

 

 

ということで、駅前にある「カラオケ館」通称カラ館に向かった。

ちなみに大阪のみなさん、大阪では圧倒的に幅をきかせている「ジャンボカラオケ広場」通称ジャンカラは、東京にはございません。丸い笑った顔にマイクを持った手がついてるあのマスコットキャラクター(?)と瓜二つの「歌広場」と言うカラオケ屋さんが東京にはあるけれど、あれはジャンカラとは別ものです。ジャンカラの携帯クーポン10パーセント割引は使えないのでご注意を!!

 

 

「カラオケ館」にはなんと「ひとりカラオケ専用ルーム」というのがある。東京先行で始まったシステムみたいで、今は徐々に関西や他の地区にも増えてきているらしい。

受付で「何名様ですか?」「ひとりです」と答えるのもひとりカラオケの恥ずかしさだと思っていたけど、これなら堂々と入れる。

受付をちゃっちゃと済ませ、私はひとりカラオケ専用ルームに向かった。

 

 

「・・・・・・・おお~」

 

指定された部屋の扉を開け、私は呆然。

ひとりカラオケ専用ルームは、普通の部屋とは一味違った。

1畳半くらいの横長の小さい部屋で(狭い!)、扉や壁や空気が他の部屋とは違い、どこかレコーディングスタジオみたいな雰囲気が漂っている。カラオケ機材も全然違うくて、吊り型のコンデンサーマイク、その前には丸いポップフィルター、そしてプロも使っているというモニター用のヘッドフォンを受付でレンタルして使う(レンタル代300円は別料金)。

そう、この部屋にはスピーカーがない!

自分の歌声がヘッドフォンから聞こえてくるという、レコーディングスタイル!ナルシシズムに浸れるルームにあたしは大感激!

 

しかし、あたしは受付で借りたヘッドフォンを握りしめ、しばらく入り口にたたずんでいた。

 

……なんかよくわからん。

 

機械がいっぱい。つまみがいっぱい。小っちゃい穴がいっぱい。ええっと、どれにヘッドフォンをさせばいいの?

途方に暮れかけていたその時、

部屋の隅にある小さな勉強机のようなテーブルの上に「困ったときにはこれを見よ!!!」と言わんばかりにファイルが置いてあった。どうやらこの部屋の使用説明書のようだ。

ファイルをめくると……このマイクがいかに高性能だとか、このヘッドフォンはプロ仕様でどれほどのものかとか、うんちくがいっぱい!こちとら早く歌いたいんだよー、とイライラしてきたところで……やっと歌うまでのプロセスが書かれてあった。

指示された通りに準備をして、ヘッドフォンを頭に装着!

 

「あ~、ああ~」

マイクに向かって声を出してみる。

自分が話した声が、すぐ耳元で囁かれているかのようにヘッドフォンから聞こえる。

・・・・・・・・・おおー、これは面白い!!

テープに録音した声を聞くように「自分の声ではないような自分の声」を聞くのはなかなか愉快だ!

っていうか、ヘッドフォンから聞こえてくるのは自分の声だけじゃない。部屋の中の音、すべてがヘッドフォンから聞こえてくる。椅子を引く音、お茶を飲むときのグビグビ、鼻が詰まってスピースピーしてる音、リモコンで選曲するときのピピピ、大きな音から小さい音まですべてヘッドフォンから聞こえるのだ!

 

「オモチローーーイ!!!」

 

とマイクに向かって思いっきり叫んだ。

深夜12時過ぎ。小さなカラオケボックスにてあたしのテンションは上最高潮に!

 

 

ではでは、早速、唄ってみましょう♪

せっかくだから、なんかどっぷり浸れるバラードがいいな。

ということで一曲目は……HYの「366日」に。

 

「♪それでもい~い……ふふふふ。それでもいいと思える恋だった~。はははは!」

 

自分の歌声がヘッドフォンから聞こえてくる……それがおかしくておかしくて、笑えて歌えない。そりゃもう歌手になった気分だけど……これ、全然浸れないし!!あはははははは!

と一曲目。笑い過ぎたせいでほとんど歌えないまま、曲は終わった。

 

そのあと何曲か歌ってるとヘッドフォンからの声にもようやく慣れることができた。

あたしはマニアックなアニソンやら山本リンダやら、森高千里やら、尾崎豊やら、普段友達の前では歌えないやつを歌いまくった。

バラード続きでも、おんなじ曲を何回歌っても、誰にもとがめられることはないし、気を使うこともない!

これが「ヒトカラ」の醍醐味かー!!!と、その楽しさを存分に味わった。

 

 

深夜2時ごろ。

あたしのテンションは上がりっぱなしでちっとも勢いは衰えず、そろそろ「あのへん」いっとくかーと、リモコンを操作し曲を入れた。

 

 

椎名林檎「丸の内サディスティック」

 

 

椎名林檎そして彼女がボーカルのバンド東京事変ってなんだか「THE・TOKYO!」って感じがする。

上京したての頃、渋谷のスクランブル交差点のモニターで東京事変のPVが流れてて「これが東京なんやなぁ~」と興奮した思い出があるからだろうか。

それに椎名林檎も東京事変も、歌詞に「歌舞伎町」「新宿」「後楽園」「銀座」なんて地名がいっぱい入ってるのが、また東京っぽい。

 

 

「♪終電で帰るってば 池袋~」

 

 

大阪に住んでるときは、東京の街の事をほとんど知らなかったし、歌詞を聞いていてもどんな街なのかいまいちピンと来てなかった。それどころか異国の遠い場所のような気がしていた。

 

でも今は分かる。

終電で帰ると言っている池袋がどんな街なのか。もしかしてそっから私鉄に乗り換え?とか。

「新宿は豪雨」うわー。人も多いし、その上豪雨とか最悪だろうなー、とか。

「JR新宿駅の東口を出たら」……アルタとかあるよな~、とか。

「銀座で警官ごっこ」コスプレパブ的な?とか。

 

いやー、分かるようになってきたんだなー、東京。

異国の街だと思っていた場所に、あたし住んでんだなー……なんて、なんだかしみじみしちゃった。

 

 

結局3時間歌って、あとの2時間はルーム内で仕事して、明けがた5時に店を出た。

うっすら明るくなりはじめた空の下を、心地よい疲労感と眠気でトボトボと歩く。

ヒンヤリとした朝の空気を吸う。

 

ああ、朝焼けがとっても綺麗……。

 

明日からもこの東京の街で頑張ろう、そう改めて決心できたヒトカラ明けの朝だった。

 

 

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