第30回 続・ほうげんの戦い


 

 

エッセイも気づけば第30回である。
長くお付き合いいただいている皆さま、いつもありがとうございます。
そして気づけば2013年に突入しておりますが、今年もこのエッセイ「東京、アホちゃうか~」と、上京して一年半まだまだ東京初心者・十時直子をどうぞよろしくお願いします。
東京の街で道に迷ってるあたしを見つけたら、どうぞ優しくご道案内していただければと思います。

「続・ほうげんの戦い」とタイトルを付けた今回のエッセイは、過去の記事で大変人気があった「第13回ほうげんの戦い」の続編で、上京して一年半の経過報告である。

まぁ、今までの経過をざっとおさらいしてみよう。

上京してすぐ頃(プロローグ・上京物語を参照)、街から否応なく聞こえてくる「ってか普通じゃん?」「だよねー」などの聞き慣れない言葉にビクビクしていたあたし。東京弁を耳にするたびに、ああここは東京なんだな、あたし上京したんだな、と感慨深くなりながら毎日を過ごしていた。

そして上京9ヶ月が経った頃(第13回ほうげんの戦いを参照)。東京生活に慣れてきたあたしは、すまし顔で東京弁を喋るべく努力したが、アクセント問題だけがどうもクリアできず悩む。東京弁を喋ろうとしたり大阪弁を喋ったりしているうちに、方言は制御不能に交じり合い、何弁が出てくるのか分からないというハラハラの毎日を送っていた。

そして、上京から早くも1年半――現在である。

「え、十時さんって大阪出身なんですか?大阪弁出ないですね」

最近初対面の人に、そんなことを言われることが多くなってきた。
自覚はないのだが、あたしの東京弁はどうやらめきめきと上達していて、苦戦していたアクセント問題も違和感なくクリアできているようだ。
「なんか、見た目も大阪っぽく見えないですよねー」
「そんなことないですよぉ。中身はコテコテの大阪人ですよぉ」
なんて言いつつも、心の中では、へっへーん、どんなもんじゃ。もっと言って。とほくそ笑んでいる。

最初の頃は東京弁を使わなきゃとか気を張っていたけど、最近ではもう意識することもなく、ごく自然に、ネイティブに喋れるようになった。
1年半も経つとやっぱり東京に染まっちゃうじゃん?ほらほら「じゃん」だってうまく使える。

それもこれも、東京でできた東京弁を喋るお友達のおかげだな、と思う。
言葉っていうのはやっぱうつる。
うちはお婆ちゃんが博多に住んでいて学生の頃よく遊びに行っていたのだが、一週間も滞在すると「博多弁なんて喋っとらんとよー」なんて具合にやっぱり博多弁はうつっていた。

実はうつっているのは方言だけじゃない。
ギャルっぽい子と遊んでいると、言葉はギャルっぽくなるし、
男の子っぽい子とご飯食べていると、喋る内容までサバサバしてくるし、
お嬢様っぽい子と談笑していると、つい口に片手を添えて笑っている。
つまり、あたし……意外に柔軟?!どんな人とでも合わせられる擬態動物なのだ。やるな、あたし。流されやすいだけでしょ、とかお願い言わないで。

しかし、どうも仲良くなりすぎると……大阪弁が混じってしまうようだ。
仲良くなって気を許した相手だとリラックスモードになってしまい、ここが東京だとか大阪だとか関係なくなってくるわけだ。なんだかんだゆっても心は大阪人なわけやし、しょうがないじゃん?ってな感じに。
気持ち悪って言われそうだが……この中途半端な方言が聞けたら、仲良くなった証拠ということにしておきたい。

心配していたのは大阪弁との使い分けである。
大阪に帰って東京弁を喋っていると「あいつ東京に魂売った」とか言われ、間違いなくボコボコにされる。
年末年始は故郷である大阪に帰った。久しぶりに家族に会い、そして古くからの友人達と会うのだが、ちゃんと100パーセント大阪弁で喋れるかなぁ、と出発前は気をもんでいた。

大阪梅田のお店で、久々に会った友人とお互いの近況なんかを報告する。
自然と繰り出されるボケにツッコミ、そしてツッコまれ……楽しく喋っていたのだが、意識しないうちに東京弁がちょいちょい出てるのかも、と気になったので思い切って聞いてみた。

「なぁなぁ、あたし、ちゃんと大阪弁喋れてる?」
「……うん?喋れてるんちゃう?」
……ふぅ、良かったぁ。
違和感なく大阪弁に戻れているらしい。まぁ元々「じゃりン子チエ」のようなアクの強い大阪弁は使っていないのだが「大阪のあたし」に戻れているようだ。一安心して会話の続きを楽しんだ。

ということで結論。
上京一年半経過し、あたしは三つの方言スイッチを手に入れた。
① 東京弁
② 大阪弁
③ 二都市ミックス弁

ん?ネーミングがお弁当の種類のようになってしまった。二都市ミックス弁がうまそう。
まぁ上京した時の目標のひとつ「違和感なく関西弁と関東弁を使い分けること」というのは達成できつつあるということだ。今後も何か変化があれば、報告したいと思う。

そういえば最近、高校のクラスメイトA(もちろん大阪人)が3つ隣の駅、西荻窪に引っ越ししてきたことをフェイスブックで知った。近所なんだし高円寺で飲もう、おすすめのお店連れて行くし!とご飯に誘った。
待ち合わせの場所に向かいつつ、ふと心配になる。
Aは高校卒業後すぐに東京に引っ越したので、会うのは十年ぶりくらいなる。十年も東京生活を送っているAは、もしかしたらこちらに染まりきっていてガチ東京弁かもしれない。大阪弁で話しかけて、ガチ東京弁で返事されたら……ど、どうしよ。
私の方言スイッチはどう機能させれば?
東京弁からの大阪弁か?
それともミックス弁か?

どきどきしつつ待ち合わせ場所に行くと、
「ととちゃん、変わってへんなぁ~」
と大阪弁で話しかけられた。
考え過ぎだったかぁと安堵し、おススメの高円寺の沖縄料理屋さんに連れて行く。東京だけど大阪に戻ったような気分になり、昔話に花を咲かせ、そして大阪のノリで持ちネタの面白い話を披露した。すると、キュートな笑顔でAは言った。

「ウケる~」

……っ!!!(絶句)

……ウケる、は無理っ!
大阪弁の会話の中に紛れた「ウケる~」はそれはもう凄まじい破壊力だ。東京弁を使いこなせるようになったあたしでも、ウケるだけはまだ言えない。そこは「めっちゃオモロイやんっ!」って言わなっ!
Aはすっかり東京に染まりきってしまったようだ……。
あたしもいずれ「ウケる」を言うようになるんだろうか……。