第7回 東京登山部。結成編


「東京で観光って言ったらどこですか?」
大阪から上京したてのあたしが尋ねると、とある東京人がこう言った。
「東京に来たらまず、高尾山に登ってみないと」

……。

……。

……都会に出てきたのに、なんで山登らなあかんねん!

そうは思っていたが、親切に教えてくれた手前「へー行ってみたいですぅ~」と、いかにも興味を示したように振る舞った。

だって山になんてほんとに興味がなかった。東京に来たからには、渋谷で買い物したり、銀座あたりの高級なカフェでお茶したりしてみたい。なんでわざわざ山に行かにゃならんのだ。
しかしこの数か月後、自らの意志で「山に登りたい」思うようになる。

ところで東京に来てからのあたしは、
……かなり不健康だ。

とにかく、自分でも自覚があるのが、コレ。
運動不足。
東京に来てからというもの、運動・スポーツをする機会なんて、まぁまずない。毎日毎日座り仕事なので、寝てるか座ってるか、で一日が過ぎていく。そんなだから筋力が異様に落ちてきた。10回は余裕できた腕立て伏せも、今は3回でギブアップ。
筋力だけではない。こないだ、駆け込み乗車をするためにちょっと走ってみたとき。(駆け込み乗車をするな、と突っ込まないでね)階段を何段か駆け登っただけで、心臓がバクバクし、乱れた呼吸がもとに戻らなくなった。倒れてしまうんではないかと思ったほどだ。つまり本当に身体がなまってきているのだ。

そして不健康の要因、その2はコレ。
暴飲暴食。
いやぁ~、一人分の料理って難しいのよね。さじ加減が分からなくて、ついつい作りすぎちゃう。大抵余ってしまうが、「もったいないから食べちゃうか」の精神で、鍋を綺麗に空っぽにしてしまうのが最近の日課に。(翌日食べろよ、とか突っ込まないでね)そんな毎日を続けていると、いつのまにか胃袋が膨張し、かなりの大食い娘になってしまった。そして思わぬ副産物として、お腹の周りにムチムチとした脂肪が……。

……嗚呼、これはいかん!健康にならないと!
曲がりなりにも20代。若々しく元気に生きたい。しかしながら、三日坊主のあたし。ジョギングするぞ、そう思うことは毎日あっても実際走ったことは一度もない。食事制限のダイエットなんかも、もちろん無理……。
さてどうするか……。

そんなことを考えながら中央線の電車に乗ると、聞こえてきたアナウンスはこれだ
「この電車はぁ~、高尾行きぃ~、高尾行きです」
……タカオ。記憶の奥の方にしまっていた〝タカオ〟という山。そしてその後、運命的に、電車の車内にある液晶テレビの広告が目に留まった。

紅葉の落ち葉舞う、美しい山の風景。「高尾山に行こう。」の文字。

これだ!とすぐに思った。
――山に登って健康になろう!
イメージがすぐに沸いてきた。……鳥のさえずり、木々の木漏れ日、澄んだ空気。さわやかな汗をかいて山を登るあたし。そう、山ガールってやつだ。

山ガールになる決心をしたあたし。
形から入るのはダメだと分かってはいるが、まずはスニーカーを買いに行った。実はあたし靴はサンダルとか、パンプスしかもっていない。このあたりから、あたしが普段いかに運動していないかというのが分かると思う。
靴を買いに、近所の商店街の靴屋さんに行った。
スニーカーを買うなんて10年ぶりかもしれない。いや、ほんと冗談抜きで。久しぶりに買うので、どういうスニーカーが自分にあっているのかがよく分からない。普段ヒールのパンプスを履いているあたしからしたら、スニーカーはどれも履きやすいし楽だ。結局1時間くらい試履きをして、お値段と相談し、ナイキの黒いスニーカーを選んだ。

次はメンバー集めである。さすがに一人で登る勇気はなかった。うっかり足を踏み外して転落したら……遭難してしまったら……そんなことを考えあたしは一緒に山に登ってくれる仲間を探すことに。
何人かに声を掛ける。「山に登らない?」「高尾山に登らない?」と。

余談だが、「高尾山(タカオサン)に登らない?」と何度も言っていると、気づかぬうちにいつの間にか「高野山(コウヤサン)に登らない?」と言っていた。大阪に住んでいたあたしは高野山(和歌山にある仏教の聖地)の名前の方がなじみが深かったようだ。
「修行に行くつもり?」と笑われてしまった。

声を掛けていると、ある一人の女の子の発言が引っかかった。
「山登りは嫌だ。でも高尾山はいいよ」
……ん?んんん?
どういう風に解釈すればいいのだ?高尾山は山登りではないのか??
話を詳しく聞く。高尾さんはすごい人気スポットで、観光客がいっぱいいるらしい。ロープウェイとか、リフト、極めつけにビアガーデンまであるらしい。
……もしかして高尾山は、ただの観光地?
私が抱いていた〝山〟のイメージがバラバラと崩れ落ちる。
果たして頂上まで行って〝健康〟は手に入るか、という疑問がわいてきた。
ビール飲んでプハーって、それはあたしのイメージする〝健康〟とは程遠いような気がする。
しかし何人かに声を掛けたし、家には新品のスニーカーが待機している。もう後には引けない。