第8回 東京登山部。準備編


朝、目が覚めると、窓から差し込む日差しが眩しかった。
でも念のためにiPhoneのアプリで、天気予報を確認すると、〝秋晴れ晴天、レジャー日和〟と出た。
よかった。雨女だから心配していたが、今日は最高の天気になりそうだ。

顔を洗ったあたしは昨日のうちに選んでおいた服に袖を通す。ジーパンに、ロングTシャツ。そしてパーカーに帽子。山ガールに近づいていく自分を鏡の前でチェックし、にんまり。

しかし、残念だがリュックがない。購入する時間がなくて今回は見送ったのだ。
でもリュックがなくても大丈夫だろう。高尾山のことを調べてみると、両手を使う岩山でもないし、危険と隣り合わせの崖道もない。登山レベルとしてはかなりイージーな山らしい。別にリュックでなくても登れるそうだ。
あたしはいつもつかってるトートバックに荷物を詰め込んだ。
タオル、レジャーシート、お茶。
荷物は出来るだけ軽い方がいいと思って、必要最低限だけを詰め込んで行った。

次にお弁当作りに取り掛かった。
お弁当作りと言っても、おかずは前日の晩に作っておいたので、詰めるだけ。メニューは唐揚げとポテトサラダ。じゃこのお握りとゆかりのおにぎり。最後にウサギの形にリンゴを切って弁当箱に詰め、お弁当は完成! 山頂で食べたいものをイメージしたらこんなメニューになった。どうみても小学生の遠足のお弁当である。
お弁当箱は、いつも使っているのだったら愛想がない上に重いので、前日のうちに購入しておいた使い捨てのパックを使う。久しぶりに段取りよくできた自分に感動した瞬間だった。

そして朝9時すこし前。家を出て電車に乗った。

「高尾行き」の電車の車内。誰もあたしのことなんか見ていないのだろうが、なんとなく他人の目が気になってしまった。今日のあたしは頭の先から足の先まで、山ガールなのだ。
きっと車内の誰もがあたしを見てこう思ってるはず。
「ああ、あの子、高尾山に登るんだろうな」と。
だからなんなんだ、と読者の皆様は感じるだろうが、あたしはそーゆーのが嫌なのだ。

実はトラウマがある。
中学3年の修学旅行。東京ディズニーランドに行く道中、舞浜行の電車に乗っていた時のことだ。私服での旅行だったが、いかにも地方から来た修学旅行生ですってオーラを出していたあたしたち。同じ電車に乗車していた東京男子高校生がこちらを見てこんな会話をしていた。
「ふふ。どうせ、ディズニーランドにでも行くんじゃない?」
聞き慣れない東京弁が、相当の破壊力を持っていたというのもある。しかし、何となく小馬鹿にされたような気がしたのだ。完璧な被害妄想だろうが、思春期のあたしはなんだかムカついた。俺らは近所だからいつでも行けるけどー、と言ってるように聞こえたのだ。

そんなトラウマがあってか、どうも車内での視線に敏感になっているあたし。
周囲の「ふふ、どうせ高尾山にでも登るんじゃない?」という視線に対し、あたしもジーパンをはいた人やリュックを背負った人を見つけては「はっはーん、この人も登るんやな」「あの人、山っぽい顔をしてるやん」というリアクションで対抗しまくった。

しかし、それどころではなくなってきた。実は昨日、朝の5時まで原稿を書いていたうえに、張り切って早起きをしたので2時間しか寝ていないあたし。荷物を詰めたり、お弁当作ったりしているときはまだ良かったが、じっと電車に乗っていると、とてつもない眠気が襲ってくる。

やばい、山ガール風の格好をしているのに、車内で眠そうにしているなんて格好がつかない。山ガールたるもの、車窓の風景が町から山へ変わっていくのを楽しまなくてはならない。しかし、窓の外を見てもまぶたが落ちてくるので、眠気を紛らわすため音楽を聴くことにした。iPhoneを操作し、以前作っておいた〝元気の出る曲〟という名前のプレイリストを再生する。(プレイリストとは、自分で好きな音楽をまとめリスト化できる機能のこと)
ちなみにこの〝元気の出る曲〟というプレイリストの内容は非常に偏っていて、ドリカムの「何度でも」が5回流れたあとに、ミスチルの「fanfare」が1回流れ、終わるというものになっている。一年前に作ったこの〝元気が出る曲〟というプレイリスト。確かに元気がでる曲のチョイスだが、「何度でも」を5回も聞かせる理由が自分でもよくわからない。何度でもすぎるやろっ、と今更つっこんでみた。
たまに「自分は変な奴だな」と思うことがあるが、この日も電車に乗りながらそう確信し、気づけば眠気は覚めていた。

高尾山駅に到着。さすが行楽日和なだけあって、すごい登山客で溢れていた。

携帯電話をチェックすると、部員の一人から連絡が入っていた。
昨日行ったスマップのコンサートで疲労困憊になったうえに、今日も夕方からスマップのコンサートに行かないといけないので、登山は欠席したい、という内容だった。……あたしはアイドルのコンサートには行ったことがないが、たしかに黄色い声を出して団扇を振り続けるには相当な体力がいるだろう。もしかすると、山に登るよりもよっぽど健康になれるんじゃないだろうか。
ということで本日の参加部員は3人ということに。

集合時間よりちょっと早く来てしまったあたしは、売店で栄養ドリンクを購入した。さっき〝元気の出る曲〟を聞いて一瞬目が覚めたが、根本の疲労は取れていない。部員の集合を待ちつつ、ぐびっと栄養ドリンクのビンを傾けた。ほかの部員がやってくる前に、この空きビンをどこかに捨ててしまいたかったのだが……なんちゅーことだ。ゴミ箱がどこにもない。駅前をかなりウロウロして「ゴミは持ち帰りましょう」という看板は見つけたが、ゴミ箱は見つけられなかった。やっぱ、持ち帰るのか。せっかく荷物を減らしてきたのに、重たいビンをカバンの中にしまった。

そして、何故かその日は高尾山の駅前で「青少年健全育成キャンペーン」みたいなのが行われていて、同じ色のジャンバーを着たオジサマ、オバサマ方がなにかを配っていた。ポケットティッシュだと思ったあたしは、差し出された物を受け取った。観光地のトイレっていうのは、紙がないところが多いから、これはGETできて嬉しい。……と思って手の中を覗くと……まさかの綿棒である!
テ、ティッシュをくれ!
綿棒自体は嬉しいが、登山する前に受け取るアイテムではない。また荷物が一つ増えた。

しばらくしてHさん、Kさんがやってきた。少ない人数ではあるが全員集合。
まずは、高尾山駅の前にある登山案内の看板を見上げつつ、今日登るルートを確認した。
高尾山は頂上まで向かうコースがいくつもある。滝が見えるコースや、途中神社に寄れるコース。どのコースがいいんだろう、と首をひねるあたし。
そういえば……と前に交わした会話をふと思い出した。
「東京にきたら、高尾山に登ってみないと」と勧めた東京人の彼が言っていた気がする。「登るんだったら、湖が見えるコースが、キレーだよ」と。

湖の見えるコース……

さて、はて……。駅前の登山案内の看板を前に眉間にしわを寄せるあたし。
サル園、薬王院、展望台……見どころを示すイラストが描かれているが、湖のマークは見当たらない。滝の絵はある。コレのことか?
しかし、滝よりももっとワクワクするコースを見つけてしまった。

4号路:吊り橋コース

きゃー!(心の中の叫び)
あたし、こういうの大好き。山の中の吊り橋なんて素敵だし、第一こういうスリリングなのが大好物!幸い部員たちの中に高所恐怖症はおらず、みんなも大賛成。ということで、メインロードである1号路を登り、途中の分岐点で4号路に向かうというコースに決定!湖を進めてくれた東京人には悪いが、今回はこのコースで頂上を目指すことにしましょう!

レッツ、ゴー!

さっき飲んだ栄養ドリンクが効いてきたのか、寝不足のせいか変なテンションのあたし。興奮で息を弾ませ、登山口に向かった。
頭の中ではさっき聞いた「何度でも」がローテーションで駆け巡る。さすが〝元気の出る曲〟なだけある!

なんだか長く続いてしまった「東京登山部。」次回をお楽しみに。やっと山に登ります(笑)